一穂は病院で、嗄声(させい)と診断された。
 声帯がダメージを負い、声がかすれたり枯れたりした状態のことだという。
 乾燥した中で声を出し過ぎたのが原因のようだ。

 ゆずきとのランチタイムの最中に後輩から呼び出された僕は、そのまま演劇部の部室兼稽古場に向かった。
 中では、立ち尽くす一穂を数名の部員が心配そうに囲んでいた。
 そのときの一穂の表情は、これから先も忘れることはないだろう。金魚のように口をパクパクして、その目は虚ろで。
 我を失いそうな顔だった。
 彼女は午後の授業を早退すると、顧問に付き添われてそのまま病院へ向かい、検査を受けたらしい。
 そしていまは、翌日の放課後。
 僕たち演劇部のすべてのメンバーが稽古場を兼ねた部室に集まっていた。
みんなそれぞれ床に座っている。
 前方には長机。前に、次回公演の脚本を選ぶ審査会があったときと一緒で、顧問と四人の主要メンバーがパイプ椅子に掛けていた。
 左端には髭を蓄えた恰幅のいいダンディーな顧問。
 その隣には部長兼演出家の部長。
 中央には副部長兼演出補佐である女子の先輩。このひとは通称、アネさん。演劇部の元気な姉さんというニュアンスであって、けっして『姐さん』ではない。アネさんは堅気だ。
 末席には一穂。
 彼女は気を落としているのか、悔しいのか、入室したときから終始押し黙って膝の上で拳を握っていた。
 そして、彼女の隣の一席には――僕。
 まだゆずきが現れる前にあった審査会では、この席には次期部長に内定していた別の二年生男子が座っていた。
 しかしいまは、僕が次期部長としてここにいる。
 この僕が。
 次期部長。