ゆずきとデートした翌日。
 午前中、一限、二限と退屈な授業が続いた。
 窓際の席だった僕は、外を眺めながらぼんやりと鉛筆を回していた。
 ゆずきがいる世界では、僕は演劇部の前回公演の脚本を手掛けたことになっていた。部員たちに慎重にリサーチしたところ、それはなんと、二度目に落選したはずのホンで。
 たしかに、僕が小説にそう書いてはいた。
 先輩部員の応募した脚本を、僕のホンが上回り、先輩は僕の物語に感銘を受けたと言って素直に称えてくれた、と。
 そしてこれから上演するためにみんなで稽古に励んでいる次回作。
 こっちは僕の三度目の挑戦にして、一年生の後輩に敗れたはずの物語。
 でも、いまこの世界では僕の作品が採用され、後輩が落選している。
 審査員たちは全会一致で僕のホンを評価したことになっていた。
 僕は落ち込む後輩を励まし、評価できる点を褒めて。
 後輩はしきりに感謝し、先輩のような物語を書きたいと言ってくれて。
 ――これまでずっと、そう小説に描いて、自分を慰めていた。
 でも……。
 この先のことは書いていない。ゆずきとのことも、新作舞台のことも。
 先日一穂からは、
『コウが書いた今度の話、すっごい面白いから、みんなやる気になってるんだよ!』
と言われた。
 僕は期待されている。
『誰よりも頑張ってくれてるのはコウなのに。わたし、あんな素敵なヒロイン役、ほんとにちゃんと演じられるか不安でしょうがなくて』
 一穂の弱気な素顔を見た。彼女は僕を頼りにしてくれている。
『コウだって最高の舞台にしなきゃっていうプレッシャーあるよね』
 そして僕はプレッシャーを感じていることになっている……ようだ。
 後輩に負けたはずのホンが採用されたからだろうか。
 いやいや、僕は僕の書いた作品を信じてるし。絶対にこっちのほうが面白かったはずだ。
 ただ、本音を言えば……ヒロインのイメージはちょっと違うんだよな。
 一穂じゃない。彼女は凛々しいし、芯の強い女性を演じるのは得意なものの、しおらしさが欠ける。もっと儚げな表情ができるといいんだけど……。
 ああ、でもそうか。だからこそ彼女は、僕が書いた役をちゃんと演じられるか心配しているのか……。
 これまで書いてきた小説の筋と、辻褄は合っている。書いたことは現実となり、書かなかったことも書いたことに合わせて補正されている。
 僕はふと、同じ教室のゆずきを見た。僕から右、右、前と進んだ席が彼女の机だ。
 ゆずきは真剣なまなざしで黒板の内容をノートに書き写していた。
 ――まじめだな。
 これは揶揄じゃない。感心していた。
 彼女には裏表がない。誰に対しても自分から挨拶するし、何かうまくいかないことがあっても言い訳をしない。もちろん、ひとのせいになんてしないし。
それから、ゆずきは字がきれいだ。
『美文字』っていうんだろうか。すごくしなやかな字を書く。
 昨日の、ぴょんぴょん飛び回ってはしゃいでたときと、いまの真面目な姿と。このギャップがたまらない。
 しかも、ガードを外した彼女の無邪気な素顔を知っているのは僕だけ。
 あ、やべ。
 危ない危ない、顔がニヤけてた。