僕の眼前で、奈津美先輩は押し黙っている。理由を告げることを躊躇っている様子だ。
 けれど、意を決したのだろう。
 奈津美先輩は、僕にとって最悪の知らせを口にした。

「……文化祭のすぐ後に、私は高校を中退するわ。それで、フランスにいる祖父の知り合いのもとへ修行に行くの。だから……もう悠里君とお出掛けすることはできないの」

 奈津美先輩の言葉が、僕の全身を稲妻のように駆け抜けた。
 いや、むしろこれが本物の稲妻で、僕のことを一気に焼き尽くしてくれていたら、どんなに楽だっただろう。

 呆然と立ち尽くしている僕に向かって、奈津美先輩は言葉を続ける。
 要約すると、僕が市立図書館のイタズラの顛末を告げたあの日、奈津美先輩のお祖父さんのところに来客があったそうだ。その人はフランスで工房を開いている製本家で、お祖父さんの古くからの知り合いだったらしい。日本へ観光旅行に来たその人は、旧知の仲であるお祖父さんのところへ挨拶に来たのだ。

 そして、工房でお祖父さんと話をしていた製本家は、一冊の本に目を止めた。
 それは、奈津美先輩が二年前の文化祭で作った文集だった……。

『君の孫、高校卒業後は製本家になるための修行するつもりなんだよね。だったら、ぜひ僕の弟子として雇わせてくれないか。こんな素敵な本を作る子なら、育て甲斐がありそうだ。何なら高校卒業後なんて言わず、今すぐに来てもらってもいい!』

 製本家は、お祖父さんへ熱心にそう申し出たらしい。
 相手は本場フランスで活躍する、一流の製本家だ。孫を預ける先としては申し分ない。それに日本語も話せる人だから、言語面での障害も少ない。正に最高の修行先だ。

 お祖父さんは、すぐに奈津美先輩へ電話を掛けた。これが、あの時の電話だ。
 お祖父さんと製本家から話を聞いた奈津美先輩は、お盆休みの間に一生懸命考えたらしい。そして――フランスへ渡ることを決めたのだ。