駅ビルから出ると、すでに太陽は西に傾いていた。夕日が街をオレンジ色に染め、足元には長い影ができている。
 そんな夕焼けの中、両手に紙袋を持った奈津美先輩が「うーん」と伸びをした。

「あ~、堪能した~! やっぱり、夏休みはちゃんと楽しまないといけないわね」

 やり切った感満載で、奈津美先輩が両手に抱えた戦利品に目をやる。紙袋の中身は、展覧会を行っていた書店が発行している稀覯書目録だ。今回展示されていた本も、すべて収録されている。他にも、カタログ類を片っ端からもらっていた。

 さらに極め付けは、「これなら買える!」と奈津美先輩が嬉々して選んだ仮製本の古書だ。二十世紀前半の本だが、それほど珍しいものではないため、お値段は二千円のお手頃価格だった。

「ああ~、どんな製本をしようかしら。やっぱり、古書には革の装丁が似合うわよね。ここは思い切り奮発して、ちょっと高い革でも使ってみようかしら」

 本が入った紙袋を胸に抱き、奈津美先輩はクリスマスプレゼントをもらった子供のようにはしゃいでいる。もうすでに、買った本を製本することに頭が向かっているようだ。
 奈津美先輩らしいと、思わず微笑ましく見てしまう。

「その本の製本もいいですけど、文集の製本も忘れないでくださいね。文化祭まであと二週間を切ってるんですから」

「もちろんわかっているわ。そっちだって、一切手を抜くつもりはありません。最高の本にしてあげるんだから!」

 僕がやんわりツッコむように言うと、奈津美先輩は自信満々に胸を張った。
 うちの学校の文化祭は、二学期が始まってすぐに行われる。僕らにとっても、今はラストスパートの真っ只中だ。

 そして、奈津美先輩の自信が張りぼてではないことは、僕が一番よく知っていた。
 今回の製本は、僕も製本の手伝いをさせてもらっているのだ。文集の製作状況は、僕だって余すことなく把握している。

 その出来は、奈津美先輩に対する感情や当事者としての贔屓目を抜いてみても、素晴らしいの一言だ。
 素材的には、一昨年作成した本に及ばないかもしれない。けれど、この二年で奈津美先輩がさらに磨きをかけた技術が、素材の差を見事に埋めていた。

 これなら、絶対に二年前よりも素敵な本が出来上がるはず。そう確信が持てる出来栄えだった。