図書館での職業体験と取材を終えて、二日後。
 僕と奈津美先輩は、書籍部の部室で原稿の執筆作業に取り掛かっていた。

「あう~。文章を書くのって、どうしてこんなに難しいの~」

 対面に座る奈津美先輩が、今日何度目になるかわからない弱音を漏らす。
 書籍部夏の風物詩〝嘆きの奈津美先輩〟だ。去年もずっとこんな感じだったから、僕ももう慣れた。

「口じゃなくて、手を動かしてください。そんなんじゃあ、スケジュール通りに原稿を上げられませんよ」

「むぅ~。大丈夫よ。去年だって、何だかんだ言ってスケジュールは守ったじゃない」

「そうでしたね。代わりに宿題にまったく手をつけていなくて、僕が手伝う羽目になりましたが……」

 夜中に泣きながら電話してきたから何事かと思ったら、「宿題手伝って~!」だ。
 おかげで僕は、夏休みラスト三日間、部室で奈津美先輩の宿題を手伝わされる羽目になった。

「今年は宿題を手伝う気はないので、原稿と一緒に計画的に進めてくださいね」

「……悠里君、言い方がトゲトゲしているわ。嫌な感じ~」

「後輩に宿題をやらせるどこかの先輩より、よっぽど良心的で優しいと思いますけどね」

「むぅ~~~~」

 不服そうに唸った奈津美先輩が、ふくれっ面で原稿用紙に向かう。
 耳を澄ましてみれば、「宿題も原稿もひとりで終わらせて、目にもの見せてやるんだから」という恨み節が聞こえてきた。

 あのですね、先輩。それ、当たり前のことですからね。僕だってひとりで原稿を終わらせますし、宿題だって七月中に終えていますからね。

 はぁ……。まったく、この人は。
 この間の図書館の件で、少しは見直していたのにな。奈津美先輩は、やっぱり奈津美先輩だ。

「あ、そうだ。そういえば昨日、叔父さんから電話がありました。例のイタズラの件で」

 ふと思い出してつぶやくと、奈津美先輩がピクリと反応して顔を上げた。
 黒く澄んだ瞳が僕を見つめる。続きを聞かせてほしいとせがんでいるようだ。

「陽菜乃さん、僕らが帰った後、あの棚にちょっとした細工をしたそうです。『本で暗号を送るのもいいけど、大切なことは言葉にしてあげてね』って、棚の奥にカードを貼り付けたんだとか」

 イタズラがされていたのは、書架の最下段。そこの奥に仕掛けられたカードは、棚を覗き込まなければ見ることはできない。つまり、犯人にだけ届く図書館からのメッセージになるのだ。