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 外で昼食を取りながらのインタビューを終え、僕らは再び会社へと戻ってきた。
 午後の予定は修復体験、実際に修復の仕事をやらせてもらうのだ。と言っても、当然ながら貴重な本や美術品の修復ではない。

「今日のために、お姉ちゃんから修復待ちの本を借りてきたわ。さあ、じゃんじゃん直していきましょう!」

 そう言って真菜さんが取り出したのは、壊れた本の山だ。ページが抜け落ちたものや表紙の背が外れたものなど、色々ある。すべて真菜さんの姉である陽菜乃先輩が働く、浅場市立図書館の蔵書だ。

「すごい量ですね、これ……」

「職業体験の教材としてタダで直してあげるって言ったら、ダンボール三箱分寄こしてきたのよ。図書館も慢性的に人手不足だから、お姉ちゃんもこれ幸いと思ったんでしょうね」

 僕が苦笑交じりに言うと、真菜さんもやれやれというポーズを取った。
 一方、この本の山に俄然やる気を見せる人物がひとり。言うまでもないと思うが、奈津美先輩だ。

「問題ありません! 洋装本なら私の専門。改装がてら修復だってこなすから、経験も豊富です! こんな本の山、私がきれいさっぱり片付けてみせます!」

 強気に腕を組んで、堂々と仁王立ちしているよ、この人。
 きっと製本家の血が騒いだんだろうなぁ。目が爛々と輝いている。エプロンをピシッと着こなし、戦闘準備完了といった面持ちだ。

 とりあえず、血が騒ぎ過ぎて妙な改造を施さないように注意しておこう。あと奈津美先輩、今日の主目的が取材であるって覚えていますか?

「悠里君、始めるわよ。このページを開いたまま支えていて!」

「あー、はいはい」

 うん、すっかり当初目的を忘れているな、これ。まあ、大体の取材は午前とお昼で終えているから、問題ないか。
 言われた通り、ページが取れた本を開いたまま支える。
 奈津美先輩はページの端にサッと糊を塗り、本に差し込んでいく。さすが、こういう作業には手慣れている……って!

「先輩! 顔近いですって!」

 いつの間にか、前髪が触れ合いそうな距離に奈津美先輩の顔があった。
 この人、近付き過ぎだって!
 奈津美先輩の髪からは柑橘系の香りがして、恥ずかしさから僕の心臓が大きく跳ねた。