「まずは社内を案内してあげるね。それが終わったら、お昼を食べに行こう。私に聞きたいことがあれば、その時に話してあげるよ」

「は~い! お願いしま~す!」

「よろしくお願いします」

 奈津美先輩がスキップするように真菜さんの後に続き、僕が最後尾につく。
 真菜さんは社内を案内しながら、様々な道具を紹介してくれた。

 修復に使う道具は多種多様。刷毛や筆ひとつとってみても、用途によっていくつも種類があった。その使い分けまで、真菜さんは丁寧にわかりやすく説明してくれる。
 真菜さんは自分のことを〝見習い〟と言っていたけど、その説明は堂に入っている。修理の工程や道具の用途を熟知した、プロのしゃべり方だ。端的に言って、興味深いし、おもしろい。

 そのおもしろい話を少しでも形に残しておこうと、僕らは真菜さんの話をメモするのに必死だ。特に奈津美先輩はこの取材記事の担当だから、これまで見たこともないくらい真剣な表情でペンを動かしている。この集中力を勉強で発揮すれば、赤点や補修から普通に逃れられるのではないか、と真剣に思った。

 と、そこで僕はふと気になったことを奈津美先輩に聞いてみた。

「そういえば、先輩は製本をやっているんですから、修理の方面もそれなりに知っているんじゃないですか?」

「そうでもないわ。私は西洋製本ばかりだから、それ以外の修理はそれほど詳しくないの。だから、真菜さんの話は新鮮でおもしろいわ。何だか新境地でも開けてきそうな気分よ」

 今度、和本の装丁にも挑戦してみようかしら。なんて言いながら、奈津美先輩はメモを取り続ける。その黒い瞳はキラキラ輝いていて、活力に満ち溢れていた。

 いつもはちゃらんぽらんな人だけど、好きなことに打ち込んでいる時だけは本当に眩しい。この人は、やっぱりあの〝奈津美ちゃん〟なんだなって思う。一心不乱にメモを取るその姿に昔の記憶を重ね、思わず懐かしい気分に浸ってしまった。

 すると、僕の視線に気づいた奈津美先輩が不思議そうに首を傾げた。

「悠里君、どうかしたの?」

「何でもないですよ。それよりも、どんどんメモを取ってください。この記事は、先輩のメモにかかっているんですから」

「任せといて。書籍部部長の名は伊達じゃないってところを見せてあげるから!」

 自信満々にウィンクし、奈津美先輩はまた取材メモ作りに没頭する。
 僕も、今は素直に「その意気です」とエールを送った。