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「さあふたりとも、入って入って! 今日は会社お休みだから他の社員はいないし、遠慮しないでいいよ」

 真菜さんが、どうにか精神を持ち直した僕らを会社内へと案内する。
 会社の中は、見たことがあるものから見たことがないものまで、様々な道具で溢れていた。
 ただし、散らかっているわけではない。使い込まれたと見える道具はきちんと整理され、理路整然と並べられていた。

 正に職人たちの仕事場。空気がピンと張り詰めているように感じ、立っているだけで気が引き締まっていく。
 けれど、そこに坂野先生の姿はなかった。

「あの、真菜さん。坂野先生は、どちらにいらっしゃるんですか?」

「あ~……。社長ね、今日いないの。急な用事で、今は東京の大学」

 誰もいないことを不思議に思ったのだろう。奈津美先輩が首を傾げながら聞くと、真菜さんは「ごめんね」と形の良い眉をハの字にした。

「なんかね、その大学に今、アメリカの有名な古書修復家が来ているんですって。で、その修復家さんと社長って古い知り合いみたいでね。大学の方が気を利かせて、社長に『来ませんか?』って声を掛けてくれたらしいの。社長ったら、大喜びで飛んで行っちゃった」

「あはは。それじゃあ、仕方ないですね」

 やれやれといった仕草をする真菜さんに、奈津美先輩がふわりと微笑む。
 僕も同感だ。坂野先生に会えないのは残念だけど、そういう事情なら仕方ない。

「社長、『奈津美ちゃんたちによろしく』って言っていたわ。『今日の埋め合わせは、いずれ必ずします』だって」

「それじゃあ、『楽しみにしています!』って坂野先生に伝えてください」

 なんか奈津美先輩が、あっさりと次の約束(?)を取り付けた。こういう時に遠慮しない精神は、本当に羨ましい。
 あと今の約束って、僕も対象に含まれているのかな。できれば僕も、坂野先生に会ってみたいんだけど……。あとで奈津美先輩に確認しておこう。

「そんなわけで、今日は私ひとりなんだけど……取材って、私だけでも大丈夫かな?」

「ああ、それは問題ありません。元々、書籍部OGである真菜さんに話を聞く企画ですから。――そうですよね、先輩?」

「ええ。今回の記事の主役は、真菜さんですから!」

 僕が話を振ると、奈津美先輩はビシッとサムズアップしてきた。そのポーズは微妙にセンスが悪いというか、古いような気が……。ただ、奈津美先輩がやると妙に似合うのはなぜだろう。

「そっか。じゃあ、早速始めようか」

 真菜さんが、僕らに「ついておいで~」と手招きする。