「さあ悠里君、これから忙しくなるわよ。一緒に素敵な本を作りましょう!」

 九條先生の苦労を偲んでいたら、ようやく奈津美先輩の演説も終わったらしい。いつぞやのように右手を差し出す奈津美先輩を呆れ交じりに見つめ、僕は何度目になるかわからないため息をついた。

「なるほど。先生も苦渋の決断だったんでしょうね……」

「うん? 苦渋の決断って、一体何が?」

 まったく心当たりがないという様子で、奈津美先輩が首を傾げた。前部長の渋谷先輩や九條先生も、この屈託のない笑顔に苦労させられてきたんだろうな。
 そして今度は、僕の番というわけか。いや、苦労だけならこれまでにもすでに色々とさせられているけど……。

「もしかして悠里君、先生が私たちの力量を心配してるかもって考えてる? だったら大丈夫よ。先生もそこら辺は信頼してくださっていたから」

「そんなことはわかっています。先輩がいるんですから、製本を行うこと自体に不安を差しこむ道理はありません」

 僕が答えると、奈津美先輩は頬を赤く染めて「えへへ~」と照れくさそうに笑った。頬に手を当てて恥じらっている姿は、悔しいけどちょっとかわいい。

 それはさておき、自分たちで製本作業を行うことについては、僕も先生同様、まったく心配していない。なぜなら、書籍部には奈津美先輩がいるから。

 奈津美先輩のお祖父さんは、現役の製本家なのだ。それも、製本の本場であるヨーロッパで受賞歴がある超一流の製本家ときている。
 その孫である奈津美先輩も製本家志望であり、今は親元を離れて、お祖父さんの工房で見習いのようなことをしている。つまり奈津美先輩は、製本家の卵。文集の製本なんて、おちゃのこさいさいだろう。

 よって、僕が苦慮し、九條先生が二か月も決断を渋った理由はそこじゃない。

「先生と、ついでに僕が心配しているのは、先輩が一昨年みたいにやらかさないか(・・・・・・・)ってことですよ」

 僕の指摘に、奈津美先輩は笑顔を引っ込め、バツが悪そうに「むぐっ!」と唸った。