「でも、先輩がこんなことを言う機会ってあったかな?」

 奈津美先輩は基本、僕に対して威厳があるように振る舞おうとするけど、それはあくまで態度でのことだ。変に芝居掛かったことを言って、威厳を出そうとはしてこない。というか、先輩がそんなことやってたら、ただの道化になっちゃうし。

 だったら、誰かの言葉をまねした? それなら、元ネタに合わせて言葉が大仰になってしまうことも考えられる。

 と、その時、僕の頭の中に古めかしい本の姿がちらつき、脳内に電流が走った。

「そうだ、思い出した! 三大美書を観に行った時だ」

 頭の中に、当時の情景がフラッシュバックしてくる。三大美書を見ていた時、奈津美先輩がスタッフさんと話していた会話の中から漏れ聞いたんだ。確か、ダヴズ・プレスの『欽定英訳聖書』を見ていた時だと思う。

 ただ、あの時は奈津美先輩がスタッフさんと楽しそうにしているのが腹立たしくて、ふたりが何を話していたのか、きちんと聞いていなかった。会話に出ていたのは思い出せても、それ以上はそもそも覚えてさえいない。

「ああ、くそう。もっとちゃんと聞いておけばよかった」

 過去の自分に怒りをぶつけながら、頭をガシガシと掻く。

 こうなったら仕方ない。もう一度、図書室に戻って三大美書について書かれた本を探してみるか。この手のことなら、ネットをあたるよりも本を見た方が早いだろうし。

 そうと決まれば、善は急げ。少し前に通ったルートをもう一度取って返し、図書室に戻る。
 図書室に入ると、後輩がきょとんとした顔で僕を見た。

「あれ、先輩。また戻って来たんスね」

「あはは。ちょっと調べたいことができてさ」

「そっスか。あ、さっきの本はもう配架しちゃいましたよ」

「うん、サンキュー。また次のカウンター当番の時にでも、お礼させてもらうよ」

「了解っス」

 後輩にお礼を言いながら、早速書架へと飛び込んでいく。目指すべき場所は大体頭に入っている。図書及び図書館史、もしくは造本について書かれた本がある棚だ。とりあえず、より三大美書に近そうな造本の棚を見てみる。
 製本史に関する本は数冊置かれており、その中の一冊に目が留まった。