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 図書室から飛び出した僕は、とりあえず特別教室棟と本校舎をつなぐ渡り廊下で軽く息を整えた。文化祭の間、特別教室棟は物置にしか使われていないから、この渡り廊下も今は誰もいない。本校舎側から、賑やかなざわめきが聞こえてくるだけだ。去年は考えもしなかったけど、文化祭の間の校内は意外と人目のつかない場所ばかりだな。

「さてと、最後のヒントは何かな?」

 少し上がっていた息も落ち着いてきたところで、最後のメモ用紙を開く。
 ここに書かれたヒントが指し示す場所に、宝がある。それを見つけ出せば、奈津美先輩との勝負に勝てる。そう思うと、少し手が震えた。
 逸る気持ちを抑えて、メモ用紙に書かれた先輩の文字を見る。

 そこには、最後のヒントとしてこんな言葉が書かれていた。

【自分が死んだ後、誰にも使われないように神様へ委ねます】

 ヒントを見た瞬間、思わず目が点になった。

 なんだ、これ。ふたつ目のヒントの時以上にわけがわからない。これ、奈津美先輩の製本家としての矜持か何かだろうか?
 いや、でもあの人ならむしろ逆のことを言いそうな気がする。自分が作った本だからこそ、大事にしてくれる人のところへ行ってほしい。そういう風に願うだろう。
 だったら、これには別の意味があるのだろうか。

「そういえばこんな感じのフレーズ、どこかで見たことあるような気がする……」

 ふと頭の片隅に引っかかるものを感じ、それが口をついて出てきた。

 そう。どっかで見たことある気がするのだ、この妙ちくりんなフレーズ。しかも、おそらく割と最近……。
 けど、「見たことある」という自分の言葉に対して、僕は微かな違和感を覚えた。文字として見た、というのは違うのではないか、という違和感だ。

 こんな変な言い回し、目にしたらもっと記憶に残っている気がする。けど、ぼんやりとでもそのフレーズが書かれたものが頭に思い浮かんでこない。本なのか、パソコンなのか、スマホなのか。そういったことが一切思い出されないのだ。

 ならばこれは、目から入ってきた情報ではない。きっと耳から聞こえてきた音による情報だ。そして、それを言ったのはおそらく奈津美先輩本人のはず。