「……勝手だと思うだろうけど、俺は嫌だよ。でも、今のままじゃ俺たち二人とも駄目なことくらい、わかってるだろ?」

「恭ちゃんは独占欲が強くて、とっても自分勝手だねー」

「……だから前置きしたじゃん」

「わたし、そろそろ龍ちゃんをお風呂に入れてくるね」

 青葉は笑って、それ以上多くを語らなかった。

 青葉はいつもそうだ。恭矢が現状を変えようと意見すると、すぐにはぐらかす。それを恭矢が深く追求しないのは決して優しさなどではなく、恭矢自身もまた、今の関係を変えたくないと心の底で思っているからだ。

 風呂から出た龍矢は、恭矢に服を着せてもらいながらはしゃいでいた。落ち着きがない龍矢を大人しくさせるのは毎日一苦労だ。

「こら、じっとしてろ! ったく、いつもいつも……」

「怒らないであげてね? 今日は龍ちゃんとってもいい子だったもんねー?」

 龍矢を風呂に入れてくれた青葉が自身の長い髪の毛を拭きながら褒めると、龍矢は機嫌良さそうに青葉に抱きつき、彼女のTシャツを捲くった。

「こら、駄目だよ~」

 笑いながら青葉は龍矢を抱き上げた。青葉の白い肌が見えたのはほんの二秒程度であったが、恭矢の目は彼女の背中にある痣をしっかりと視認していた。

 青葉の背中には、生まれつき黒い刺青のような痣がある。彼女の白い背中に小さく星のように存在する原因不明のそれは、青葉のコンプレックスでもある。恭矢は気にしたことはないけれど、青葉は恭矢を含め誰にも見せようとしない。必死に隠そうとする彼女にとって、学校生活は緊張の糸を張り巡らせる必要があったという。

 じっと青葉の後ろ姿を見ていた恭矢に、青葉は頬を膨らませて近づいた。

「……恭ちゃん、見た?」

「……見てないよ」

 うっかり目を逸らしてしまった恭矢の負けだった。青葉は龍矢の手を取り、パンチを繰り出した。卑怯だ。倒れないわけにはいかない。

 小さな拳に大袈裟に倒れこんだ恭矢を見て、龍矢も青葉も声を大にして笑った。