座りなよと言われて、弟の斜め後ろ、布団の上に腰を下ろした。

 「おれね、知らないこといっぱいあんだ。曜日ってあるじゃん。あれに、なんで惑星の名前が付けられたのかとか。それに、理科で習った通りの順番でもない。それがなんでなのかとか。地球ってなんで周っていられるのかとか。これは習ったような気がしないでもないけど、覚えてない」抜き打ちテストとかやられたら最悪だな、と弟は笑う。「でも、兄ちゃんは違う。なんでも知ってる。いや、本当の意味でなんでもってわけじゃないんだろうけど、おれからすればなんでも知ってるようなもんなんだ。おれからすれば、今言った曜日のことなんて、考えれば考えるほどわからなくなる。そもそも、一日一日に名前なんか付ける必要なんかあったのかって。だから考えない。それを知らなかったために死ぬようなことでもないし」

 なあ兄ちゃん、と弟は静かに言う。

 「そんなことを、こんないっぱい本借りてきてまで知る必要ってなに? 人間って、不完全だから在れるんじゃないの? 前、読書感想文を書くために読んだ本にあったよ。人間は、自らの不完全さを満たす、埋めるために、今日(こんにち)まで様々なものを開発してきたのだ、って。そしてこんなこともあった。人間は不完全だからこそ本気になれる、そしてなにかに本気になれるから人生は楽しいんだって。小学生の頃に読んだもんだから、当時はその言葉の意味がわかんないわ、今は今で本当にこんな風に書いてあったのかが不確かだわでわちゃわちゃなんだけど、もし本当にこう書いてあったなら、本当だなって思う。完璧な奴なんて、ただ妬ましいだけだもん。おれのクラスにいるんだ、勉強も運動もできて、調子に乗ってる奴。でもみんなの感じは、憧れでも尊敬でもなくて、ただのうざい奴ってところ。おれは思う。兄ちゃんはそいつよりもすごい人だって。だって、限りなく完璧に近いようなのに、全然驕ってないんだもん。兄ちゃんはなにか、自分の知識に劣等感を持ってるみたいだけど、そんなつまんないことに手え回してる暇があれば寝ようよって思う」

 弟はふっとこちらを振り返った。そして、「大丈夫だよ」と、僕にはない二本の八重歯を覗かせて笑う。この八重歯は、周りの人々にとって、幼い僕たちを外見で見分ける術の一つだった。もっとも、兄か弟かがわかっても名前を間違えられることもあったが。だから、一時期、それぞれ「N」と「R」が胸に書いてあるパーカーを頻繁に着たこともあった。Nがナオで僕、Rがレオで弟だ。同時にそれぞれのイメージカラーのようなものも作った。