「君は」と言うナオさんへ、わたしは「あの」と声を返した。

 「ナオさんはわたしのこと、知ってるんですよね?」

 「よく知ってるよ。新体操部の最強部員。強く美しく繊細な演技が武器で、大会では毎度、なんらかの土産を貰ってくる」

 実に詳細な彼の言葉に、わたしは苦笑する。「なんでそんなに知ってるんですか」ナオさんもまた苦笑する。「当時の僕はすべての人、物事のストーカーだったから」

 「ストーカー?」

 「人でも物でも事でも、すべてを知りたかった」

 「へええ。え、でも実際、いろんなこと知ってるじゃないですか。それもまた有名でしたよ。もう、一定数の生徒には、超人に近い認識されてたんじゃないですか?」

 「僕としては目立ちたくなかっただけなんだけどね」嫌だ嫌だ、とナオさんは苦笑する。

 「内ではどれだけ目立ちたくないと願っても、その外側じゃあ、女の子たちが放っておきませんよ。男子にも、妬ましく思う人だっていたはずです」

 「褒めてもなにも出ないよ」ナオさんは困ったように言うと、ティーカップを口に運んだ。

 「それは困ります、花の知識は見せびらかすほど出してもらわないと」

 ナオさんは小さく唸り、そっとティーカップを戻した。「じゃあ、記念すべき一つ目の花は……」

 「なんでも教えてください」

 「君」と言ったナオさんへ、改めて「あの」と返す。先ほども言いたいことが言えなかった。

 「なんで『君』って言うんですか?」

 「おかしいかな」と彼は困ったように笑う。

 「おかしい……とは、まあ、その二人称が存在する以上言えないですけど……。あまり使う人は見ないかなって」

 「これは友人にも言ってないんだけどね」と、ナオさんは言う。わたしはなんとなく、唾を飲んだ。

 「僕なりの、愛称のようなものなんだ」

 「親しみを持ってる相手にしか使わないってことですか?」

 「まあそれを、最近に初めて話すような人へ使うのはおかしいんだけどね


 「でも、わたし、ナオさんにとっては憧れの人だったんですよね?」

 「だったどころか、今だってそうだ」

 「それなら尚更、わたしは嬉しいです。特別な人になったような感じで。芸能人を、勝手に愛称で呼んじゃうのと同じようで」

 ナオさんはふわりと、笑みを浮かべる。水彩画のような柔らかな色使いのイラストでも見ているかのような錯覚をする。「僕は君の、そういう明るいところが大好きなんだ」