「どうぞ」とテーブルにグラスが置かれると、すぐにウエハースの載った皿も続いた。反射的に「あっ」と声を発すると、彼は「好きって言ってたから」と言う。

 ナオさんが前に座ると、どこか心地よい静寂が空間を包んだ。遠くに蝉の声が聞こえる。

 「本当、夏ですね。少し前まで恭賀新年なんて文字見てたのに」

 「そうだね」

 「ナオさんは、季節、いつが好きですか?」

 「いつでも好きだよ」と答えると、彼は小皿に載ったカップに手を付けた。「あまり暑すぎると、少し落ち着こうよって思うけどね」と笑う。

 「君は?」

 「わたしは……秋ですかね」暑いのも寒いのも好きではないので、と苦笑する。「春は春で花粉症がきつい時期ですし」

 「花粉症なんだ?」

 「最近になってですよ。周りは結構、中学くらいでもう言ってましたけど。中には学校にボックスティッシュ置いてる子いましたもん、自分の」

 「それは大変だね、ご本人は」

 「そうですねえ。わたしは鼻づまりが主なので、ティッシュは要らないんですけど」

 「そうなんだね」

 「ナオさんは?」

 「僕は全然」と彼はかぶりを振る。「あまり外に出てなかったというのもあるのかな」わからないけど、と言う彼の声が、いつにも増して穏やかに聞こえた。

 少しの沈黙を、わたしは「そういえば」と破った。「こういう、カップの下に置かれる小皿って、なんの意味があるんでしょうね。たまに角砂糖とかスプーンが置いてあったりしますけど、あまり意味ないですよね」

 「今はそうだね」

 「え、なにか知ってるんですか?」

 「かつては、カップの中の熱いの飲み物を冷ますため、少しずつこの小皿――ソーサーに移してたんだって」

 「じゃあ、汁物の味見みたいに飲んでたってことですか?」

 「そうみたいだよ」

 「へええ……。今の時代にそんな飲み方してる人がいたら、ちょっとした変人扱い受けますよね」

 ナオさんは「ははは」と笑い、「そうかもしれないね」と頷く。