「市立」の冠を被った「図書館」の敷地に入り、自動ドアをくぐる。館内はさんさんとした太陽に照らされた外に比べ、少しひやりとしているように感ぜられる。

 大きな本棚の前、わたしは一冊の本を抜き取った。裏表紙に書かれたあらすじのような文に目を通す。「その朝、南条司が事務所に行くと、そこには」――。本を戻し、新たに一冊抜き取る。「十二年前の事故により」――。

 バーカウンターのような木に紫のパンジーが置かれた表紙の「三色菫」、チェロが写された表紙の「ナスタチウム」という本を手に席に向かう。いつも向かう窓際のその席は、日当たりがよく、決して涼しくはないが、なぜか惹かれてしまう。

 わたしは机に本を置き、席に着いた。ふと、白く細い手が厚い文庫本を持っているのに気が付き、手元の文庫本の題名へ視線を上げる。「梅の水」。わたしも読んだことのある本だった。毎年梅雨に梅酒を作るのが習慣となっている家族の、穏やかで純粋な、優しく温かい長編物語だ。こんな物語を読むようなのだからさぞ優しい人なのだろうと思ってすぐ、わたしも読んだのだからそうは言い切れんと頭を振った。