私室を出て廊下を通り、引き戸を開けて居間に入る。足元に広がる畳のへりを無意識に避けながら、中にある木の引き戸を引く。そこに、鉄のような銀と木の茶色を基調とした台所がある。数年前に友達を家に呼んだとき、「こんな日本らしい家、本当に見たのは初めて」と評価された居間と台所だ。この家は両親の拘りの基、およそ二十年前にわざわざ古風な造りで建てられたが、物心ついたときからここにいるわたしにはなんら特別なものでもない。

しかし、人間は不思議だ。家など住めればなんでもよかろうに、拘りに従って作ったりする。家の設計に限ったことではない。大学の、時折話をするような仲の青年に、筆記用具を青系の色で統一している人がいる。筆記用具など書ければなんでもよかろうに、わざわざボディの色を青系に統一している。

かく考えるわたしに拘りなんて御大層なものはなく、小物の色にもブランドにも統一性はない。その用途に合った品ならばなんでもいいのだ。ペンケースなら筆記用具を収められればいいし、ハンカチなら水気を吸ってくれればいい。だからペンケースは、高校時代に文化祭の出し物で買ったものを未だ使い続けている。

 わたしは二時間前より保温を続けている炊飯器の蓋を開け、茶碗にご飯をよそった。冷蔵庫の扉を開け、中を観察する。納豆が目に入り、一パック取り出す。茶碗のそばに置いて、作業台に載っているパックから卵を一つ取った。玉子焼き用フライパンを火にかけ、適量の油を垂らす。フライパンを温めている間に容器へ卵を割り入れ、適当に溶き、砂糖、塩、醤油で味をつけ、再度適当に混ぜる。溶き卵を一滴落として温度を確認し、卵を半分フライパンへ流し入れる。フライパンがじゅわーっと卵を受け入れる。