私は、志望大学をいくつか絞って、放課後は、自分のレベル内でなんとか行けそうな大学の赤本を解く毎日を送っている。
 今日もひととおり授業を終えて、まっすぐ家に帰ろうとすると、小山先生に呼び止められた。
「桜木、ちょっと話そう。お前学部迷ってんだろ」
「あ、はい……」
「隣の教室空いてるから行こう」
 放火事件があって以来、小山先生にはずいぶんと心配をかけてしまっている。
 そのことを申し訳なく思いながらも、私は荷物をまとめて先生のあとをついていった。
 空き教室にある机を動かして、先生は向かい合わせで話せるようにセッティングしてくれた。
 今になってようやく気づいたけれど、小山先生は、本当にいい先生だと思う。
 小山先生が言ってくれることは、本当に全部私の"将来"を思ってのことなのだと、進路に向き合った今しみじみと感じている。
 静かに椅子に腰かけると、小山先生は私の顔を見つめて、ひとつ質問した。
「文系受験で考えてるんだよな? どっちかというと現代文が得意分野なようだし、文学部にある程度絞って、対策したらどうだ」
「はい……、なんとなくそうは思ってます」
「今ひとつピンときてない?」
「ピンときてない、というか……」
 小山先生に鋭く問いかけられた私は、俯いて自分の意見をまとめようと必死に脳みそを回転させた。
 そもそも、自分の進路に今の年齢でピンときている学生がどれだけいるだろうか。
 いちいちこんなところで躓いていたら、きっと前に進めない。
 焦る気持ちと、納得いっていない自分。
 気持ちに折り合いがつかないまま勉強をしていても、成績はなかなか上がらない。
 そんな私を黙って見つめていた小山先生が、またひとつ質問してくれた。
「桜木には、大切な人いるか」
「え……」
「勉強したら、自分の手で守れるものが増えるかもしれない。そんな未来を想像してみたら、答えが出るかもしれないぞ」
 そう言って、小山先生は優しく笑う。
 "大切な人"と言われたときに、真っ先に目に浮かんだのは、やはり瀬名先輩だった。
 勉強したら、守れるものが増えるかもしれない……。
 それは、本当に? こんな私でもそんなことができる?
 思わず自分の両手を広げて見つめ、守りたいものを考えてみる。
 心因性記憶障害を持った瀬名先輩は、大切なものをつくることをずっと諦めてきていた。