もあって、同じ事務所である俺も久宝さんの詳しい容態は今日まで知らなかった。

「そう……ですか。……残念だな。久宝さんとまた一緒に芝居したかったのに……」

 人の儚さや病の無常さに、どうしても言葉が湿っぽくなる。誰だって老いていつかは健康
じゃいられなくなる。わかっているけれど知っている人がそうなっていく姿を見るのは、あ
まりにもつらい。

「本当にな。久宝さんもまた奏多と共演するの楽しみにしてるって言ってたのにな」

 四谷さんの言葉に心がますますシュンとなる。忘れられない今から四年前、俺のドラマ初
出演のときの主役は久宝さんだった。まだドラマの演技というものがなんたるかわかってい
なかった頃、久宝さんの繊細でありながら堂々とした演技に俺は目の覚めるような思いがし
たっけ。
 出演者の中で一番の大ベテランだというのに、久宝さんは現場のみんなに細やかに気を配
っており、チョイ役の俺にまで優しく声をかけてくれた。『若い子はいいわね。これからい
くらでもお芝居ができるわ。経験のすべてが糧になって、頑張れば頑張った分だけ伸びてい
くのよ。素敵ね』って。その言葉が己の未熟さを恥じていた俺の心にどれほど勇気を与えて
くれたことか。

 それから二年後――つまりおととし。再びドラマ撮影で一緒になったときに、久宝さんは
俺との再会をとても喜んでくれた。

『立派になったわね。前に会ったときとは別人みたい。たくさんお芝居をして、いろんな経
験を積んで、いっぱい成長したのね。素敵だわ。よく頑張ったわね』

 そんなふうにたくさん褒められて、照れくさくてはにかんだ俺に久宝さんは言ったんだ。
『また天澤さんとお芝居できる日が楽しみだわ。次はどれだけ素敵な役者になってるのかし
ら』と。

 まるで俳優たちのお母さんみたいな人だったと思う。みんなに優しくて、未熟な若者を勇
気づけてくれて。

「――会いたいな、久宝さんに」

 彼女の笑顔を思い出していたら、ぽつりとそんな願いが漏れた。会いたい。あの優しくて
上品で華やかな、桜のような笑顔に。

 すると、信号待ちでブレーキを踏んだ四谷さんが、俺の方をチラリとみてから口を開いた。

「……行こうか、お見舞いに」
「えっ。でも身内の方以外はお見舞い遠慮してるんじゃ……」
「退院してからは近しい人なら会えるらしいって」
「じゃあ、ぜひ」