お菊がいた。お菊は、なにを考えていたんだろう。感情の読めない金色の瞳。ドルーのよう
にお菊とも言葉が交わせれば、彼女の気持ちが少しでもわかったのだろうか。

 それから仕事の都合で五日ほど行くことのできなかった俺のもとに、早朝、電話がかかっ
てきた。雨の降る朝のことだった。


 享年七十五歳。穏やかに静かに、久宝さんは眠るように息を引き取られた。
 その日、自宅で行われたお通夜に、俺は人型のドルーと共に参列した。家族の希望で身内
と関係者だけで行われたお通夜は粛々とした雰囲気で、皆心から久宝さんの死を悼んでいた。

 死化粧を施された久宝さんは綺麗で、彼女が元気だったころの温和で華やかな面影を感じ
させて、俺はみっともないくらいボロボロと泣いてしまった。何日も前からいつかこんな日
が来る覚悟と怯えが心の奥にあったのに。理屈じゃない、ただ悲しくて悲しくて涙が止まら
なかった。

 生まれて初めて喪服を着て人の死に立ち会ったドルーは、ずっと不安そうな表情をしてい
た。悲しみの充満したおごそかな空気、漂う抹香の香り、すすり泣く声と混じり合う読経。
初めて体験するそれらに戸惑い不安を感じているのかと思ったけれど、ドルーは隣の座布団
に座る俺に小声で言った。

「……お菊がいない」
「さすがにお通夜の会場にペットは入れないよ。それに猫は死者の魂を咥えて持っていっち
ゃうから葬儀中は隠せって、仏教では言われてるんだ」

 俺もヒソヒソと小声でそう返したけれど、ドルーは納得がいっていないようで、ついには
読経中に席を立った。後方の席だし、読経中でも会場は人の出入りがあるとはいえ、さすが
にデカい外国人が会場をウロウロしていたら目立つ。俺は慌てて後を追い、「ドルー、席に
戻って」と腕を引く。

 そのとき久宝さんの親族のひとりである青年がこちらに気づき、「どうしましたか?」と
声をかけてきた。

「お菊は?」

 間髪入れず聞いたドルーにその人は目を見開いて驚いたが、すぐに「こちらへ」と言って
部屋の外へ案内してくれた。
 陽一さんと名乗ったその人は、久宝さんの兄の孫……つまり姪孫にあたる方だった。陽一
さんは俺とドルーを一階の最奥の部屋へ連れていってくれた。よく見知ったそこは生前に久
宝さんが最期を過ごした部屋で、今は部屋の主と介護用ベッドがなくなったそこに、小さな