さくりが疑問をぶつけると、響生は杏奈の表情をうかがいながら苦笑した。

「おそらく、壊れている“から”買ったんじゃないかな」
「えっ!」
「曲名は売り主に教えてもらった。壊れているので音は鳴らない。でも彼は、それで良かったんだ。“自分の気持ちを代弁しているみたいだ”と思ったから。手紙にも書いてある」
「だから……なんでそれが……」

 杏奈の声がどんどん小さくなる。コーヒーをぐいっと飲み干し、自分の怒りも同時に飲み込んでいるようにも見えた。

 さくりは不安から響生を見上げる。すると、響生は優しく杏奈を見つめていて。とくん、と、さくりの胸は小さく鳴った。

「杏奈さん。彼は、関係がこれで終わりになってもいいと思って、送ってきたんだと思います」
「そんな……ひどい」
「ええ、酷いですね。誤解を与え、あなたが怒ると分かっていたのに。けれども、僕には少し彼の気持ちが理解出来ます」
「それ、昨日言ってた?」
「さくりには説明したよね」

 響生は杏奈にも『亡き王女のためのパヴァーヌ』がどういう曲なのか話した。タイトルから時に誤解されることがある話。イメージの元になっているのが画家の書いた王女の姿であること。パヴァーヌは舞踏曲――。