文徳の隣で、煥が金色の目をきらめかせておれをにらんでいた。額の胞珠が淡く発光しているように見える。おれの胞珠も、他人から見りゃ、あんな感じなんだろうか。
号令《コマンド》のチカラで【どいて】っつったけど、当然ながら煥はそこに仁王立ちしたまま動かなかった。
そして、動かなかったのは煥だけじゃなかった。煥のいちばん近くまで寄っていってた女の子が二人。
小柄なほうは、おれと同じように帽子を深くかぶっている。背丈の割に胸の発育がいい。長い黒髪、色白、青い目、驚いた表情、帽子のつばの下にチラつく青い胞珠。
【もしかして、お仲間?】
音を伴わない声に指向性を持たせて、帽子の女の子だけにぶつける。おれの唇は動いてないけど、それが確かにおれの声だってことは、彼女にもわかったらしい。
青い目に浮かぶ警戒の色。もしくは、敵対の色。でも、そんな色を満面に出して不用意なことを言うほど、彼女は無防備でも愚かでもなかった。
ニッコリと、彼女は微笑んだ。
「不思議ですね。チカラある血を持つ者同士が引き合うなんてこと、百年に一度あるかないかって聞いてたんですけど」
【集まっちゃってるよね~、不思議なことに。妙なことが起こんなきゃいいけど?】
彼女は肉声、おれはテレパシー。アンバランスな会話を、おれはここで止めた。
もう一人の女の子がおれを見つめていた。長いまつげの下の巨大なダイヤモンドみたいな両眼で、じっと。
おれは笑ってみせた。
「また会ったね~」
「あっ、ど、どうもこんにちは! じゃなくて、こんばんは! ライヴ聴きに来られてたんですかっ?」
「そーいうこと。おれ、文徳と友達でさ。きみは? ヴォーカリストの銀髪くん狙い?」
「ねねね狙うだなんてそんな滅相もないっていうか恐れ多いっていうか! わたしはただのファンですから!」
ギャップあるなー、この子。ほっそりした黒髪美少女で、珍しい目の色してて、じっとしてりゃ神秘的な雰囲気なのに、しゃべったら案外にぎやかで、きゃーきゃーしてる。流行りもののブレスレットなんか付けてさ。
何か笑っちゃうよな。ふっ、と噴き出したら、両眼胞珠の女の子はパチパチとまばたきをした。
「おれさ、嫌いじゃないよ~、きみみたいな子。おもしれーもん。マジで一回、デートしない? 名前、何ていうの?」
「えっ、あ、えっと、平井さよ子っていいますけど、あのっ、デートっていきなりそーいうのは……」
「さよ子ちゃんね。で、もう一人の彼女は?」
おれは帽子の女の子に視線を向けた。彼女はひかえめなえくぼを作った。
「安豊寺鈴蘭《あんぽうじ・すずらん》といいます。さよ子と同じで、襄陽学園高校の一年生。あなたは、先輩、ですよね?」
「あー、自己紹介が遅れたね。ごめんごめん。おれは三年の長江理仁。去年は一年間、外国にバックレてたから、今の二年はおれのこと知らないと思うよ~。ね、そうでしょ、文徳の弟くん? きみ、名前は、あっきーだっけ?」
水を向けると、煥は眉を逆立てた。
「ふざけた呼び方するんじゃねえ。あんたのことは兄貴から聞いてる。会ったのは初めてだけどな」
「フツーにしゃべってても、声、すっげーキレイなんだね~。顔もかなりキレイだけどさ。モテるっしょ?」
「知らねぇよ」
「おっ、否定しないわけだ。モテモテなのをいいことに遊ぶタイプじゃないにせよ、美少女に囲まれるのは悪い気分じゃないよね?」
煥は眉間にしわを寄せて舌打ちした。サラサラの銀髪。バカデカい真珠みたいな、額の胞珠。
おれは、煥にだけ聞かせるテレパシーでささやいた。
【額の胞珠、隠しもせずにさ、身の危険を感じたりしねーの? 体積だけで言って、一般人の胞珠の数十倍。でも、エネルギー増幅器としての機能は、体積に比例すんじゃなくて、もっと凄まじい増加率っていうじゃん? あんまり無防備だと、狩られるよ】
煥が表情を変えた。薄い唇が弧を描いて、見下すような微笑。
「オレを狩ろうなんて身の程知らず、一瞬で返り討ちにしてやるよ」
男のおれでさえゾッとするほど、煥の危険な笑みは色気があった。血に飢えているみたいだ。銀髪の悪魔という二つ名が、すとんと理解できた。
ふと。
ひどく騒々しいエンジン音が鼓膜に引っ掛かった。こっちに向かってくる、排気量の大きな車の音。指向性があるように感じる。こういうときのおれの勘は、だいたい当たる。
「何か来るよ」
おれがつぶやくのと、煥が首を巡らせるのと、ほぼ同時。
ひと呼吸ぶんの間が空いて、そして、駅前広場にヘッドライトが躍り込んでくる。黒い車だ。特殊なガラスで、車内が見えない。ナンバープレートはなかった。鼻の長いフォルムから推測するに、スピード自慢の高級外車だ。
さよ子が体をこわばらせた。
人影が三つ、車から降りる。そのうちの一つに、おれの視線は吸い寄せられた。
細身の長身。異様にしなやかで素早い身のこなし。フードをかぶっていても駄々洩れの、圧倒的なチカラの気配。
【久しぶりじゃん? あんた、おれの姉貴のこと知ってるよね?】
肉声よりもずっと簡単に、おれの思念の声は相手に突き刺さる。
そいつがまっすぐにおれを見た。やれやれ、イケメンに縁のある日だ。トルコ系の血が入ってるって言われても納得できちゃうような、鼻筋の通った美形。
この顔がどんな表情を浮かべて姉貴の死体を見下ろしたんだろう?
おれの額の胞珠が熱を持つ。
【何しに来たの? ちょーっと話を聞きたいんだけど、どう? 話す気、ある? てか、話せよ。あんたがおれの姉貴を殺したんじゃねぇの?】
そいつの答えは、無言の突進だった。
まっすぐこっちに攻撃を仕掛けてきやがったんだ。
号令《コマンド》のチカラで【どいて】っつったけど、当然ながら煥はそこに仁王立ちしたまま動かなかった。
そして、動かなかったのは煥だけじゃなかった。煥のいちばん近くまで寄っていってた女の子が二人。
小柄なほうは、おれと同じように帽子を深くかぶっている。背丈の割に胸の発育がいい。長い黒髪、色白、青い目、驚いた表情、帽子のつばの下にチラつく青い胞珠。
【もしかして、お仲間?】
音を伴わない声に指向性を持たせて、帽子の女の子だけにぶつける。おれの唇は動いてないけど、それが確かにおれの声だってことは、彼女にもわかったらしい。
青い目に浮かぶ警戒の色。もしくは、敵対の色。でも、そんな色を満面に出して不用意なことを言うほど、彼女は無防備でも愚かでもなかった。
ニッコリと、彼女は微笑んだ。
「不思議ですね。チカラある血を持つ者同士が引き合うなんてこと、百年に一度あるかないかって聞いてたんですけど」
【集まっちゃってるよね~、不思議なことに。妙なことが起こんなきゃいいけど?】
彼女は肉声、おれはテレパシー。アンバランスな会話を、おれはここで止めた。
もう一人の女の子がおれを見つめていた。長いまつげの下の巨大なダイヤモンドみたいな両眼で、じっと。
おれは笑ってみせた。
「また会ったね~」
「あっ、ど、どうもこんにちは! じゃなくて、こんばんは! ライヴ聴きに来られてたんですかっ?」
「そーいうこと。おれ、文徳と友達でさ。きみは? ヴォーカリストの銀髪くん狙い?」
「ねねね狙うだなんてそんな滅相もないっていうか恐れ多いっていうか! わたしはただのファンですから!」
ギャップあるなー、この子。ほっそりした黒髪美少女で、珍しい目の色してて、じっとしてりゃ神秘的な雰囲気なのに、しゃべったら案外にぎやかで、きゃーきゃーしてる。流行りもののブレスレットなんか付けてさ。
何か笑っちゃうよな。ふっ、と噴き出したら、両眼胞珠の女の子はパチパチとまばたきをした。
「おれさ、嫌いじゃないよ~、きみみたいな子。おもしれーもん。マジで一回、デートしない? 名前、何ていうの?」
「えっ、あ、えっと、平井さよ子っていいますけど、あのっ、デートっていきなりそーいうのは……」
「さよ子ちゃんね。で、もう一人の彼女は?」
おれは帽子の女の子に視線を向けた。彼女はひかえめなえくぼを作った。
「安豊寺鈴蘭《あんぽうじ・すずらん》といいます。さよ子と同じで、襄陽学園高校の一年生。あなたは、先輩、ですよね?」
「あー、自己紹介が遅れたね。ごめんごめん。おれは三年の長江理仁。去年は一年間、外国にバックレてたから、今の二年はおれのこと知らないと思うよ~。ね、そうでしょ、文徳の弟くん? きみ、名前は、あっきーだっけ?」
水を向けると、煥は眉を逆立てた。
「ふざけた呼び方するんじゃねえ。あんたのことは兄貴から聞いてる。会ったのは初めてだけどな」
「フツーにしゃべってても、声、すっげーキレイなんだね~。顔もかなりキレイだけどさ。モテるっしょ?」
「知らねぇよ」
「おっ、否定しないわけだ。モテモテなのをいいことに遊ぶタイプじゃないにせよ、美少女に囲まれるのは悪い気分じゃないよね?」
煥は眉間にしわを寄せて舌打ちした。サラサラの銀髪。バカデカい真珠みたいな、額の胞珠。
おれは、煥にだけ聞かせるテレパシーでささやいた。
【額の胞珠、隠しもせずにさ、身の危険を感じたりしねーの? 体積だけで言って、一般人の胞珠の数十倍。でも、エネルギー増幅器としての機能は、体積に比例すんじゃなくて、もっと凄まじい増加率っていうじゃん? あんまり無防備だと、狩られるよ】
煥が表情を変えた。薄い唇が弧を描いて、見下すような微笑。
「オレを狩ろうなんて身の程知らず、一瞬で返り討ちにしてやるよ」
男のおれでさえゾッとするほど、煥の危険な笑みは色気があった。血に飢えているみたいだ。銀髪の悪魔という二つ名が、すとんと理解できた。
ふと。
ひどく騒々しいエンジン音が鼓膜に引っ掛かった。こっちに向かってくる、排気量の大きな車の音。指向性があるように感じる。こういうときのおれの勘は、だいたい当たる。
「何か来るよ」
おれがつぶやくのと、煥が首を巡らせるのと、ほぼ同時。
ひと呼吸ぶんの間が空いて、そして、駅前広場にヘッドライトが躍り込んでくる。黒い車だ。特殊なガラスで、車内が見えない。ナンバープレートはなかった。鼻の長いフォルムから推測するに、スピード自慢の高級外車だ。
さよ子が体をこわばらせた。
人影が三つ、車から降りる。そのうちの一つに、おれの視線は吸い寄せられた。
細身の長身。異様にしなやかで素早い身のこなし。フードをかぶっていても駄々洩れの、圧倒的なチカラの気配。
【久しぶりじゃん? あんた、おれの姉貴のこと知ってるよね?】
肉声よりもずっと簡単に、おれの思念の声は相手に突き刺さる。
そいつがまっすぐにおれを見た。やれやれ、イケメンに縁のある日だ。トルコ系の血が入ってるって言われても納得できちゃうような、鼻筋の通った美形。
この顔がどんな表情を浮かべて姉貴の死体を見下ろしたんだろう?
おれの額の胞珠が熱を持つ。
【何しに来たの? ちょーっと話を聞きたいんだけど、どう? 話す気、ある? てか、話せよ。あんたがおれの姉貴を殺したんじゃねぇの?】
そいつの答えは、無言の突進だった。
まっすぐこっちに攻撃を仕掛けてきやがったんだ。