夕暮れの駅前の雑踏の中で音楽が始まった。真っ当なロックンロールだ。質のいい、ストレートな響きの、音楽らしい音楽。
「腕、上げたじゃん。もともと文徳《ふみのり》のギター、すげーうまかったけどさ~」
 バンドマスターはおれの友達。伊呂波《いろは》文徳。生まれて初めて、友達って呼んでやっていいなって思えた相手だ。
 何をするときよりも楽しそうな顔で、文徳はギターを弾いてる。心地よいエイトビート。吹っ切れたような疾走感。ときどきギュンッと激しくひずませるのがアクセントになって、オーディエンスを油断させない。
 文徳は、両手の人差し指の爪がペールブルーの胞珠だ。外灯の下でギターを弾いてると、爪に光がキラキラ反射して、何か妙にアーティスティックでカッコいい。
 いや、まあ、爪の胞珠みたいにピンポイントなキラキラがなくったって、文徳は際立ってんだけどね。おれから見ても、やっぱカッコいいもん。特に、演奏してるときは。
 長身でイケメンの文徳は、リーダーシップが全身からにじみ出るタイプで、だから人目を惹く。最前列に座り込んだ常連のファンだけじゃなく、たまたま居合わせるだけの通行人まで集まってくる。
 文徳がしきりにアイコンタクトを取る相手がまた、とんでもなく人目を惹く。いや、目だけじゃねーな。耳もだ。
 ヴォーカリストは文徳の弟で、煥《あきら》っていう。銀色の髪、金色の目。そして、額にデカデカときらめいてるのは、真っ白な胞珠。
 文徳から話だけは聞いてた。自分の弟もデカい胞珠と異能を持ってるんだ、って。
 だから、そんな血筋の文徳にはおれの号令《コマンド》が効かない。うぜえ、って最初は思ったけど、そのうち気が変わった。支配関係に持ち込めない相手ってのは案外、気楽だ。
 一曲終わって、拍手が起こって、文徳がコーラスマイクでMCを入れる。
 煥は声がいいくせに、しゃべらないらしい。水を飲みながら、警戒の目でおれを見ている。胞珠の気配が気になるんだろう。
「銀髪の悪魔、って呼ばれてんでしょ? なるほどね~。その強烈な目つきは、確かに怖いゎ」
 文徳のMCにいちいち反応してバカ笑いする連中は、総じてガラが悪い格好をしている。いわゆる不良ってやつ。
 未成年のくせにライヴハウスで演奏したり、普段は不良のたまり場になる駅前でストリートライヴしたりと、文徳たちのバンドはそんなふうだ。「あいつら、イケてんじゃん」って寄ってくる連中は、不良だのヤンキーだのばっかりだった。
 文徳が単なるひ弱な音楽少年だったら、不良どもは食い付かなかったんだろうけど。幸か不幸か、文徳はケンカが強いし頭は回るしバイクも乗れるし。その弟の煥に至っては、ガチのヤクザさえ撃退するほど、腕っぷしが強いらしいし。
 そこまで強いようには見えないんだけどね、煥って。
 身長は百七十センチそこそこで、細い。全体として色素が薄い感じの容姿は、一言でいえば、美少年だ。歌ってるときは、その世界に入っちゃうんだろう、切なそうで一生懸命で表情豊かで、悪魔なんて肩書はまったく似合わない。
 惜しいよな、と思う。文徳たちのバンドは見てくれもいいし、音楽としての完成度だって、昔の音源と比べても遜色ない。まともなご時世なら、メジャーデビューして売れっ子になってたんじゃねーの?
 まあ、もしもの話なんかしてもしょうがないけどね。おれらが生きてるのは、ディストピア一歩手前みたいな、ほどよくとっ散らかった殺伐たる犯罪社会だ
 バンドメンバー、一年前までは五人っつってたよな。ベーシストが紅一点だったはずなの。
 でも今、ステージに向かって左側には不自然な空白があって、そこに花束が一つ置いてある。よく見る風景だ。
 胞珠の売買がビジネスになるって風潮が、凄まじい勢いで日本にも広がってる。たぶんだけど、おれらの世代、じいさんばあさんにはなれない。まさに終末世代。寝て起きたら死後の世界なんじゃないかって、いつも感じる。