華奢な体型が際立つ緩いシルエットのニットワンピで現れたさよ子は、たっぷり二十分かけて五種類のケーキを選んだ。とりあえず二人でワンプレート。物足りなかったら追加注文。そういうことにした。
 まわりの客の年代は、意外と幅が広い。高校生から二十代、三十代と、隣のテーブルは中学生の子どもの話をするおばちゃんたちで、その向こう側はおばあちゃんとママと娘の三世代女子会だ。
 話に聞いてた以上に、店内には女性がきわめて多い。男の姿があるとすれば、漏れなくカップルの片割れで、ビミョーに肩身の狭そうな顔をしている。さよ子の対面に座ったおれも、まわりからはカレシ認定されてんのかな。
 しかし、こうやって人混みの中で改めて見てみると、さよ子って、パッと目を惹く美少女だ。ごまかしの利かないショートカットだから、なおさら素のままのキレイさが引き立ってる。横顔のちょっと尖ったあごとか、すんなりした首筋とか、すごくいい。
 ケーキのプレートは、ポット入りの紅茶と凝った模様の取り皿と一緒に、すぐに運ばれてきた。
 さよ子は、ケーキをナイフで半分こして取り皿に分けて、というお行儀のいい気分ではないらしい。自分のほうにプレートを寄せて、そのまま食べ始めた。
「あ、おれもチーズケーキ食べたいんだけど」
「ほしいものは自分で取ってください」
「ちょーっと遠いかな」
「先輩は腕が長いんだから届くでしょ?」
「いや、でも、遠いとこから目の前にフォーク伸ばすの、目ざわりじゃない?」
「べっつにー」
「んじゃ、遠慮なく」
 ひとまずおれは安心する。さよ子の様子、空元気だろうなとは感じるけど、パパが全力で心配するほどの沈み方はしていない。どうにか自力で浮かんできて今ここ、っていう状態なのかな。
 プレートのケーキが半分ほどなくなったころだった。さよ子は、唇の端にラズベリーのムースをくっつけたまま、怒っているような顔をした。
「理仁《りひと》先輩、朱獣珠をここに出してください。言いたいことあるんで」
「朱獣珠? 何で?」
「いいから!」
「こいつ、寝てるよ?」
「それでもいいから出してください。じゃなきゃ、わたしの気が収まらないの!」
「へい」
 おれは、グレーのシャツの襟元から朱獣珠のペンダントを引っ張り出して、首から外してテーブルの上に置いた。ちなみに、シャツの上に羽織ったニットは見事に、ボルドーの柔らかい色味も格子模様のデザインも、さよ子のワンピと被っている。
 さよ子は、おれから受け取った朱獣珠を目の前にぶら下げると、ムッと唇を尖らせて言った。
「約束どおりの展開になりましたよ。キッチリ痛い思いをして差し出しました。これで願いと代償の契約、完了しましたよね。だから、この先、絶対に引っ繰り返したりしないでくださいね」
 朱獣珠は相変わらず、ゆっくりしたリズムで鼓動するだけだ。さよ子の言葉が聞こえてるんだか、聞こえてないんだか。
 さよ子はおれに朱獣珠を突き返した。おれはもとのとおりペンダントを首に掛けながら、顔からも指先からも血の気が引くのを感じていた。
「今のは、あのときの話?」
 いつの間にか、あれはもう十ヶ月以上も前の出来事になっている。地下駐車場での、親父との対決。親父から宝珠を引き離すことに成功した一件。さよ子が、その成功を願ってくれたこと。