親父が声を振り絞る。
「伝わらないのかなあ……何を差し置いても手に入れたいものがたくさんあったのは、妻がいて、子どもたちがいたからで、不自由のない暮らしをさせたいと思った。おまえたちを思えばこそ」
【嘘だ】
「おまえたちのために、私は働いてきたし、願ってきたし、手に入れてきた。必死でやってきたつもりだ。何が私のいちばん大事なものなのか、私の原動力なのかと問われれば、やはり答えは一つだ。愛する家族のため、と答えたい」
【嘘だ! 今さら何を抜かしてんだよ、テメーは!】
 聞きたくない。信じたくない。拒みたい。憎みたい。
 愛だなんて嘘だ。家族であることさえ苦痛だ。
 だって、テメーは目的のために平気で罪を犯すじゃねぇか。人を傷付けることも動物を殺すことも、平気でやってのけるじゃねぇか。
 それがテメー自身のためじゃなくて、おれと姉貴とおかあさんのため? 愛してるから? 何だよそれ? バカにしてんのかよ?
【何でテメーがおれの親父なんだよ? 何で他人じゃねぇんだよ? 何でおれのチカラに従わねぇんだよ? 何でだよ? 何でおれはこんなに無力なんだよ?】
 支配。呪縛。恐怖。
 親父が造った鳥籠を破壊するチカラがほしい。
「聞いてくれ、理仁、おかあさんを治すために朱獣珠を使いたいんだ。家族として、やり直そう」
 違う。
 やり直すために必要なのは朱獣珠じゃない。だったら何が必要なのかって、ズバッと正解を出すことはできないけど、少なくとも、息子より宝珠を大事にしてるようにしか見えない親父なんか信用できなくて。
 まともなおとうさんがほしかった。おとうさんがまともになってくれるなら、ほかには何もいらなかった。空気みたいに居心地のいいおかあさんと同じくらい、ありふれてて好きになれるおとうさんなら、最初から、ただそれだけでよかった。
 何で敵対するしかなくなったんだろう?
 だけど、もう、どうしようもなくてさ。
 テメー死ねよって、血のつながった実の父親に対して、おれ、今、本気で思っててさ。憎しみと殺意とチカラがあふれて止まんないんだよ。
【そのナイフ、拾え】
 さっきデカい図体の男たちがカーペットに投げ出した、ゴツい刃渡りのナイフ。おれはそいつを指差して、ありったけのチカラを込めて、親父に命じる。
【できんだろ? 拾えよ。さあ!】
 部屋じゅうがビリビリ震えるくらいの大音声。人間が処理できるギリギリの重さを持つ言葉。そんなモンを放つおれ自身、脳ミソが絞られるみたいに痛い。吐き気がする。
 親父はわなわなと体を揺らしながら、かぶりを振る。続かない呼吸の合間に、やめろ、と口が動く。おれのチカラに必死で抵抗している。
 でも、血の守りは完璧じゃねぇんだ。憎しみに火を点けてチカラを加速させた今、おれの言葉は、声は、血のつながりなんていう貧弱な盾をぶち抜くことくらい、わけもない。
 あとちょっと。もう少し。
 これが済んだら、おれはぶっ倒れていいから。いっそ死んでもいいから。
 最後の一押し、限界を超えたい。
【ナイフを拾えッ!】
 油の切れたからくり人形みたいに、ぎしぎしと、親父の肉体と精神が軋む。崩れ落ちそうなガタガタな動きで、親父はナイフに手を伸ばす。ナイフの柄をつかむ。持ち上げる。
 超えたいんだよ。チカラの限界も。血の呪縛も。
 しぶとい抵抗に手を焼いている。おれの大声の号令《コマンド》の下で、悲鳴が懸命に繰り返されている。やめてくれ、助けてくれって、安っぽくて薄っぺらい懇願が聞こえる。
 聞きたくねーから。
【喉を突け。そのナイフで自分の喉を突いて、死ね】
 誰かが、か細い泣き声を上げている。
 肺が焼け付くように熱くて、ギュッときつく引き絞られて、息が苦しい。相変わらず血が沸騰してるみたいで、視界まで蒸気に曇ってくみたいで、頭がガンガンする。
 ああ、ちくしょう。さっさと終わらせたいんだよ、こんな茶番。
 死ねっつってんだよ。
 テメーなんか、おれの人生に必要ねぇから。
【突け! そして、朱獣珠のこともさっさと忘れて、とっととこの世から退場して、親子の縁なんか消えてなくなれ! テメーとの血のつながりなんか……】
 おれの力場を、いきなり叩き壊した声がある。
「もうやめろ、理仁!」
 文徳だ。
 調整も何も利かないおれの大音量の言霊にさんざん脳ミソをぶん殴られてヘロヘロになりながら、文徳は立って、声を張り上げて、おれを叱った。
「理仁、そうじゃないだろ! おまえは、本当は、人を殺したいなんて望んでない。父親を憎んでしまうこと、本気で苦しんで悩んでるだろ。こんな終わらせ方でいいはずないんだ!」
 煥が、親父の右手からナイフを奪った。親父は目を見開いてガクガク震えながら、まだ号令《コマンド》の影響下にあって、煥からナイフを奪い返そうとする。
 スッと体を沈めた煥は、つかみ掛かる腕をかいくぐって、真下から親父の顎を殴り上げた。親父は昏倒する。
 煥はおれを振り返った。
「親が死んだくらいじゃ、親子の縁も血のつながりも消えてなくなりやしねぇよ。それがいいことか悪いことかは別として、自分がここにいるのは、親が自分を生んだからだ。その事実は何があったって引っ繰り返らないし、誰に命じられたって壊せるもんでもない」