二人乗りのバイク三台で疾走した。
 おれと海牙の体力を温存するために、おれは号令《コマンド》で交通整理をせずに、海牙は姉貴のバイクの後ろに乗って、法定速度内で可能な限り、かっ飛ばしてきた。
 そして、おれたちは、やつの牙城に乗り入れる。
 やつの名前は長江孝興《ながえ・たかおき》、牙城ってのは襄陽学園。そして、おれたちが目指すべき決戦の舞台は、地下駐車場の奥にある。セキュリティはどうにかなるだろう。学園のあちこちを突破するための合鍵なら、いつだってカバンに入れて持ち歩いている。
 獰猛で俊敏なエンジン音が地下駐車場のコンクリートの壁に反響する。蛍光LEDがポツポツとともるだけの薄暗い空間を、三つのヘッドライトが鮮烈に照らし出す。
 ぶっとい四角の柱、低い天井、排気ガスの匂い。
 先行するのは文徳《ふみのり》のバイクだ。文徳の後ろにタンデムしたおれが、バイクの爆音に飲まれることのない思念の声を飛ばして、行き先を指示する。
【この区画までが来客用の駐車場。で、突き当たりを左に折れたら教職員用の駐車場で、いちばん奥にVIP用のがある。親父はいつもVIPんとこに車を停めてて、そのそばに、VIP専用で無駄に上等なエレベータホールがあるんだ】
 親父はそこにいる。
 どうしてそう思うかって、ただの勘。そんな夢を何度も見たから。
 なんてことを出発する前に言ったら、海牙がすっげー微妙な顔をした。そりゃ、非科学的に過ぎるって、おれ自身も思うゎ。
 でも、科学志向の海牙も、口に出しては何の反論もしなかった。総統が黙っていたからだろう。おれが間違ってたら、全知のチカラを持つおっちゃんは、きっと何か別の道を示すヒントを出したはずだ。
 三台のバイクは教職員の車の列を駆け抜けながら、異変に気付いて速度を緩めて、最後にキュッとブレーキをかけた。
 続く先にあったのは、VIP用の駐車場じゃなくて、行き止まりだ。頑丈そうな防火シャッターが下ろされていて、先へ進めない。
 おれはヘルメットを外しつつバイクから飛び降りて、シャッターに駆け寄った。
「ちくしょう、何だよこれ? こんなもんがあったのかよ。てか、新しいよな。最近作ったのか? さすがにこれの合鍵は持ってねぇぞ」
 目の前のシャッターには、人が通り抜けるためのドアがない。空間は完全に隔離されている。
 周囲を見渡す。シャッターそのものを隅から隅までと、近くの壁、柱。天井も見上げてみるけど、シャッターを操作できそうなものは何も見当たらない。
 海牙が音も立てず、いつの間にか、おれの隣にいた。
「ハッタリみたいなものですね。防犯カメラや通報のための装置がつけられているわけでもない。急ごしらえのようですし。理仁《りひと》くん、ちょっと離れていてください。危ないので」
「え?」
「それから、耳をふさいでおくほうがいいかもね。うるさいと思いますよ」
 言うが早いか、いきなり海牙は、手にしたヘルメットをシャッターに叩き付けた。ガシンッとも、グォンッとも聞こえる響き。硬いもの同士がぶつかる音に、空気を介して鼓膜をぶん殴られる。
「み、耳が痛ぇ」
「やっぱりステンレスですね。特別に分厚いというわけじゃなさそうだ。このくらいなら問題なく、ぶち抜けますよ」
 海牙はバックステップを踏むと、軽く放ったヘルメットを目掛けて、しなうようなキックをぶち込んだ。ヘルメットがシャッターに衝突する。ダメージの上乗せを狙って、海牙はさらにヘルメットを蹴り付ける。
 たちまち、頑丈なはずのシャッターがへこんだ。べごんっ、と変な音が鳴る。海牙がまたヘルメットをぶつける。がぅんっ。鞭みたいな回し蹴り。がごんっ。うっすらと、シャッターにひびが入る。
 バイクを降りた煥《あきら》が、銀髪を弾ませて駆け付けた。
「協力する。下がれ!」
 右の手のひらを前方に突き出す。その正面に白い光が生まれる。光は、手のひらより一回り大きな正六角形になる。
 海牙がパッと退いた。煥がそのぶん、滑るように前に出た。
 煥は右腕を引いて身構えながら、勢いよく踏み込んだ。右のこぶしを繰り出す。渾身の正拳突きがチカラの光を引き連れて、へこんで歪んだシャッターにぶち込まれる。
 致命的な音がした。シャッターに亀裂が入った。
「もう一発か」
 障壁《ガード》とは名ばかりの破壊力を持つ光の正六角形が、シャッターを殴り付ける。亀裂が広がる。
 海牙がひらりと跳んだ。
「せいッ!」
 狙いすました一点を蹴ったんだろう。踵《かかと》が亀裂をぶち抜いた。シャッターが完全に割れて破れる。
 煥が白い光をシャッターの亀裂に叩き付けて、穴を人が通れるサイズに広げた。金属が熱せられたときの匂いが鼻を突く。
 亀裂の向こうに、見覚えのある車がのぞけた。黒い艶をまとった上等な外車、シュッツガルドの馬をあしらったエンブレム。蛍光LEDの光に浮かび上がるナンバーは、六月生まれでふたご座の母親の誕生日。
 親父の車だ。あれに最後に乗ったのは、三年近く前かな。母親がちゃんと動いてたころの、母親のバースデーディナー。タイミングが重なってしまって、おれと親父だけあの車でレストランに向かうことになって。
 煥は、警戒しつつも躊躇なく、シャッターの亀裂をくぐり抜けた。おれが続く。
「あっきー、ちょい待ち」
「何だ?」
「おれが先に行くから。ヤバいときはフォローよろしく」
「わかった」
 踏み出したおれの足音が響く。シャッターを越えてくるみんなの足音が折り重なる。
 親父の車のすぐそばに、機能性丸出しの金属製の自動ドアがある。
 おれは自動ドアの前に立った。頭上の赤外線センサが仕事をする気配。カメラがおれを見る。顔認証システムが働いて、おれの顔をVIP待遇者のリストと照会したらしい。その結果、ドアはうんともすんとも言わない。
 まあ、予想どおりだね。物理的に鍵を解除してやるだけだ。
 ドアの脇にコントロールパネルがあって、暗証番号を入力したり内線電話をかけたりの操作ができる。タッチキーの並びの隅っこには、鍵穴。
 おれは、順番を整理して目印を付けて束ねてある鍵の中から、今必要な一本を取り出した。鍵穴に差し込んで、ひねる。あっさりと自動ドアが開く。
 こういうとこがちょろいんだよ、親父は。表から見えない場所や万が一への備えには金をかけようって発想がない。上手に世間の足下を見るのが賢いやり方だって信じてる、ありがちな半端者の金持ち。そういうのは、賢いんじゃなくてセコいって言うんだ。