大広間だ。窓はない。明かりはともっているけれども、飾り彫りが施された天井が高いせいか、何となく薄暗い。
 それにしても、広すぎだろ。何十畳あるんだ?
 中学の修学旅行で連れていかれた築四百年の城の、将軍の謁見の間がこんな感じだった。あの部屋は奥に行くにつれて段々で高くなる造りで、将軍の座るところから臣下一同を見晴らす構造だった。この部屋は、ただ平らに広い。
 煥がポツンと言った。
「道場みてぇだ」
 確かに、と文徳が同意した。
「空気が張り詰めてるしな。くれぐれも無礼がないようにって、自然と思わされる感じだ」
 大広間のやや奥まった位置に、座禅を組んだ和服の男の姿がある。
 総統だ。
 昨日、車に乗っている姿をチラッと見た。あのパラレルワールドな戦いの夢の中でも、何度も見ている。姿かたちだけなら、中肉中背。でも、そこに存在する気配の重みは、肉体の体積をはるかに超えている。
 天沢氏が先に立って大広間に入って、総統のほうへと進んでいった。進み方が異常だった。天沢氏は飛んでいった。背中に漆黒の広い翼があって、ばさり、ばさりと羽ばたいていった。
「総統、四獣珠の者たちが到着しました」
 そう告げた天沢氏は総統のかたわらに降り立って、行儀よく翼をたたみながら正座をした。
 総統が、閉ざしていたまぶたを開けた。
「急に呼び立ててしまって、すまないね。部屋に入りなさい。話をさせてくれ。私にはきみたちの助けが必要だ」
 大広間に満ちる、空気っていうか気配っていうか雰囲気っていうか、とにかく「気」みたいなものは、ひどく静かだ。空虚だから静かなんじゃなくて、身動きが取れないくらいみっちり詰まってるせいで音が立たないっていう、そんな静けさ。
 途方もなくドデカいチカラが、用心深く息をひそめている。本能的に、その巨大さには身がすくんでしまう。
 煥が最初に畳に足を踏み出した。それから、海牙と文徳が同時に。姉貴が続いて、おれと鈴蘭が最後だった。
 でも、真っ先に声を上げたのは鈴蘭だ。
「さよ子がいなくなったって聞きました。それも、だまされて連れ去られたみたいだって。でも、脅迫状が届いたわけでもないんでしょう? どういう状況なんですか?」
 平井は静かな声で答えた。
「どう説明すればいいだろうか。私にはわかる、としか言いようがない。私はね、人間の肉体を持ちながら、全知全能の存在でもあるのだ」
 全知全能と来たか。
 スペシャルなチカラを持ってそうだって気はしてたけど、まさかそこまでデカいタイトルを出されるとはね。まるで神さまじゃねぇか。
 胸の内でこっそり、肩をすくめるような気分。もちろん、顔にも態度にも出さなかったはずだ。
 平井の思念の声がうっすらと笑いを含んで、地鳴りのように低く轟いた。
【残念ながら、長江理仁くん、私は一神教における神の全知全能ぶりには到底、及ばない。私ごときの全知とは、事が起こってからしかそれを知り得ない程度のものだ】
 待てよ、おっちゃん。おれ、声出して言ってねーって。肉声はもちろん、テレパシーで漏らすようなこともしてなかったはず。
【すまないが、聞こえてしまうのだ。ここにいる全員の心の声を、私は知ることができる。ああ、悪趣味かもしれないね、伊呂波煥くん。だが、そうにらまないでくれ。私にとってはこれが平常運転だし、すべてが聞こえてくることこそ当たり前でね】
 そのチカラが全知ってことか。だけど、全能だったらさ、さよ子の失踪くらい予期して防げたんじゃないの?
【予期か。だがね、未来をすべて見通すことなど、私にはできないのだよ。このあたりがチカラの限界のようでね】
 限界? 全知全能っていうパーフェクトチートスキルにも、限界ってもんがあるわけ?
【事が起これば、そのすべてを知ることができるのに、未だ起こっていないことについてはわからない】
 未来予知はできない?
【克明な未来予知というのは、また別の才能、あるいは異次元のチカラなのだろうな。私にできるのは、せいぜい、猫が箱に入っているという事実を述べる程度だ。箱の中の猫が生きているのか死んでいるのか、事が起こるまでは、私も知ることができない】
 海牙が不満げに言葉を挟んだ。
「シュレーディンガーの猫。量子論の有名な思考実験ですね。例え話としてよく使われますが、あの思考実験は粒子というものの性質に依拠するからこそ、生きている状態と死んでいる状態が一対一で重なり合うのであって、それと未来予知はまた別でしょう?」