煥はまだ、ひどく冷たい視線をおれに向けている。胡散くさいって思ってんのが顔に書いてある。
 そりゃそうだな。いきなり現れて「信用しろ」なんて、気持ち悪い話だ。
 おれはカッターシャツの襟ぐりから指を突っ込んで、肌のすぐ上に付けたペンダントを引っ張り出した。ありふれたシルバーチェーンはすぐにくすんで傷むのに、ペンダントトップは汚れも濁りもしない。
 朱く透き通る宝珠。それを守るように巻き付いた、金とも銀ともつかない輝きのメタル。触れれば、鼓動と体温と思念が宿っていることが感じられる。
「こいつ、おれの宝珠。本物ってわかるでしょ?」
 目を見張った煥が答えるよりも先に、ドクンと、煥の胸で宝珠が脈打つ気配があった。おれの指先で、朱獣珠がなつかしそうに、気配だけでそっと笑った。
 ――久しいな、白獣珠よ。
 煥はおれと同じように、少し緩めた襟元からペンダントを取り出した。白い輝きの石、白獣珠がそこにある。
 ――朱獣珠、来たか。
 ――ああ、時が来てしまった。
 煥は白獣珠を見つめて言った。
「四獣珠は集まっちゃいけないもんだと聞かされてた」
「原則はね。でも、引き寄せ合うチカラが働き始めてんだから、もうしょーがないんじゃない? おれはね~、二年前の高校の入学式で、あー何かヤバいこと始まっちゃうんだろうなって知ったよ」
「二年も前に?」
「おれのチカラってさ、王さまゲームみたいなもんなんだけど、一人だけ命令に従わないイレギュラーがいたんだよ。本人は能力者じゃなくても、異能のポテンシャルは血の中に潜んでんだろうね。文徳は、おれにとって衝撃だった」
 かったりー話が延々と続く入学式で、おれは、登壇者以外を漏れなく全員、居眠りさせて遊んだ。会場の人数は多かったけど、話を聞きたくないやつらに「おもしろくねーと思ったら寝てろ」って命じるのは簡単だった。
 ついでに何かいたずらでもしてやろうかと思ってキョロキョロしたら、文徳が同じことをしていた。何かやらかしてみようかなって、目をキラキラさせて、キョロキョロ。
 微妙に眠くなりはしたらしい。でも、まわりが一斉に眠りに落ちたのはなぜだろうって、好奇心が働くほうが強かったらしい。おれと目が合った文徳は、楽しそうに言った。
 これをやったの、きみなんだろ?
 衝撃だった。面倒くさいとも思った。初めて出会うタイプの相手で、不気味にも感じた。下手《したて》に出たくないとか、別にしっぽをつかまれたわけじゃないとか考えて、とにかく強がっておこうと決めた。
 探りながら友達付き合いを始めて、そして、本当に友達になった。おれの言いなりにならない、ちゃんと対等な友達だ。
「おれは文徳から、あっきーの話をいろいろ聞いてたんだよ。四獣珠のことがよくわかんないうちに両親と死に別れちゃったって話もね。文徳が情報をほしがってたのもあって、おれ、ばあちゃんちの古文書をキッチリ読んだりしてさ~」
 崩し字も古文も勉強したことがないのに、おれには古文書が読めた。理解できてしまった。
 実は、おれは言語全般に強い。古い日本語も、強烈な方言も、外国語も、文字を見たり音を聞いたりするうちに、何となくテレパシーみたいなものが伝わってくる。波長が噛み合って、文脈が頭に落ちてくる。
 おれがフランスで一年間、割とフツーにやっていけた理由がそれだ。おれのチカラは、王さまゲームの号令《コマンド》に典型的に表れるとおり、言葉というモノに特化している。音ではない声を操って、発信するのも受信するのも、自然とできてしまう。
 長江家に伝わる古文書を漁った結果、血筋の束縛を実感した。
「おれ、マインドコントロール系のチカラを使えるわけだけど、預かり手の血はそういうのに対して、かなり高いレベルの耐性を持つんだってさ。宝珠を奪われないために。だから、あっきーはもちろん文徳にも、おれの王さまゲームは通用しねーの」
 同じく、姉貴にも。そして、親父にも。
 煥は眉間にしわを寄せたまま、じっとおれを見つめて話を聞いていた。おれが口を閉ざすと、白獣珠を服の内側にしまいながらうなずいた。
「オレも兄貴からあんたのことを聞いてた。会ってみる気がなかったわけじゃない。でも、毎度すれ違いになった」
「たぶん、出会うタイミングじゃなかったんだろね。四獣珠のうち、あと二つの準備ができてなかった、とかさ」
「今はもう準備ができてるってことか?」
「すぐ会えるんじゃないかなーって思うよ。おれ、勘は鋭いんだよね。ちょっと本気で覚悟したほうがいい事態になるかもよ? まあ、あっきーはバトルに強いから、頼りにしてるけど。ケンカ強すぎて、他校の不良からは、銀髪の悪魔って呼ばれてんでしょ?」
 煥はこの上なくイヤそうに顔をしかめた。
 本人は好きこのんでケンカをするタイプではないらしい。でも、ケンカを売られると、逃げるでもなく避けるでもなく律儀に受けて立って、必ずしっかり相手をボコボコにする。おかげで、悪魔なんていう二つ名が付いた。
 今どきの高校生ってさ、ケンカする前に話し合いや金銭でケリ付けるもんじゃないの? そういう便利な解決方法をまったく図らずに、素直に相手をボコる煥って、運動能力が高いだけの不器用さんなんだろね。
 しかし、鬼じゃなくて悪魔って呼ばれるのは、容姿のせいかな。全体的に色素が薄い感じ。白獣珠の預かり手として、白、という色に縛られてんだろう。朱いおれと同じだ。
 金色の目を光らせて、煥はおれに凄んでみせた。
「くだらねぇ二つ名なんか、口にするな。変なニックネームも付けるな」
「変なニックネームって? あっきーって呼ぶの、ダメ?」
「やめろ」
「じゃあ、あきらん☆ とか」
「殴るぞ」
「照れなくても、あっきーでいいじゃん」
「照れてねえ」
 煥はそっぽを向いた。そして、バンドメンバーがみんなしてクスクス笑ってるのに気付いたみたいで、ものすごく不服そうに口を尖らせた。
 なるほど。こいつ、かわいいゎ。からかい甲斐がある。
 文徳と目が合った。文徳は口を開かなかったけど、心の底から嬉しくて楽しいときの笑い方をしていた。生徒会長で優等生の営業スマイルじゃない顔って、おれにはわかるから。
 弟のこと大事なんだなー、って。
 おれはとっさに姉貴のことを思い出した。