一夜明けて、朝。ほかに何もすることないし、とりあえず学校に向かう。
 ひびだらけのガラス窓にガムテープを貼りまくったコンビニの前に、やせて十円ハゲだらけのデカい犬がいて、物欲しげなまなざしでこっちを見ていた。ピンと立った耳とアイスブルーの目。たぶんちゃんとした血統のシベリアンハスキーだ。
 どうしておまえみたいなのが野良犬やってんだよ?
 おれらは、何か買い食いしようかってノリだったからコンビニに入った。おれは自分用のチョコレート菓子と犬用の白いおにぎりを買った。店から出て、自分のより先におにぎりの袋を開けて、犬のほうを向いてしゃがんで、冴え冴えとした色の目をじっと見る。
【ほら、食えよ。いじめねーから、こっち来い】
 ぱさぱさのしっぽが、ぽすん、ぽすんと間抜けなリズムで気だるげに揺れた。それから、犬は素直におれに従った。
【おすわり。おっ、やっぱできるじゃん。がっつかずに食えよ。ほら、食え】
 犬は、すんすんとおれの手の匂いを嗅いで、おにぎりを鼻先でつついて、しっぽをゆっくり振って食事を始めた。
 文徳がサンドウィッチをぱくつきながら、感心した声を上げた。
「この野良が人に寄ってくるところ、初めて見たぞ。こいつ、ここ二ヶ月くらい、近所をうろうろしてるんだけど」
「そーなんだ? プライド高くて素直じゃないとこがあるんだろね。根っこのとこでは、人恋しくてたまらないっぽいけど。じゃなきゃ、おれの号令《コマンド》に素直に反応しねぇだろうし」
「理仁のチカラは動物にも通用するんだな」
「言ったことなかったっけ? でも、動物は、言葉が通じる通じないの個体差がすっげー激しいよ。おれの号令《コマンド》って、受け取る側が日本語を話してようがフランス語を話してようが関係ないんだけど、やっぱ、人間が想定する範囲の言語でしかないんだよね」
「イルカは超音波を使って会話してるというけど、あれは人間が想定できないタイプの言語?」
「たぶんね。少なくとも、水族館のイルカは全然、おれの号令《コマンド》に従ってくれなかった。ジャンプしろとか言ってみたんだけど。イルカのショーってさ、言語的な指示で何かやらせてるわけじゃないんでしょ? おれの得意分野じゃねーんだゎ」
 おにぎりを食い終わった犬が、後足の角度がそろった行儀のいいおすわりで、ぱたぱたとしっぽを振った。おれが犬の頭のほうに手を伸ばすと、自分から迎えに行くような格好で、犬はなでなでを喜んでいる。
 文徳はおれの隣にしゃがみ込んで犬を見ながら、ふっと脱力するように笑った。
「飼い犬だったんだな。こいつみたいに、人に飼われた経験がある動物だったら、号令《コマンド》をある程度、理解するのか?」
「そだね。あと、人間社会のすぐそばで縄張り張ってる野良猫とかカラスとか、意外といける。純粋な野良の場合は、犬のほうが言葉が通じねーことが多いかな。昔、山ん中の別荘で野生の鹿や猪や雉や蛇に遭遇したときも、やっぱ通じなかった」
 ちょっと離れたところに立って、冷たいカフェオレを飲み干した煥が、ふてくされたようにボソッと言った。
「何で理仁は動物に怖がられねぇんだ?」
「そりゃー、おれは動物全般が好きだし。あっきーは、動物がちょっと怖いでしょ?」
「別に。慣れてないだけで」
「そのビクビクした感じをさ、胞珠が増幅しちゃうんじゃないの? だから、動物のほうもビビって近寄ってこない」
 煥はムッとした顔でホットドッグをかじった。
 実家でもけっこういろいろペット飼ったよな。全部、覚えてる。全部、かわいかった。
 だけど、長生きしたやつ、いねーんだ。いつの間にか死んで、いなくなってたやつとか。急におれの目の前で倒れて、それっきりだったやつとか。
 あいつらの死因って、何だったっけ? あー、やべー。都合よく全部、忘れてるゎ。
 ってことは、たぶん、親父が何かやらかしてくれてたんだろうな。ほら、因果のバランスってやつ、あるっていうじゃん? 胞珠に上手に願掛けして、それが運よく成功や奇跡を引き寄せちゃった場合、どこかで帳尻を合わせなきゃいけないらしくて。
 生贄《いけにえ》が必要なんだって。古文書に載ってたよ。二十一世紀にもなって生贄かよって笑っちゃいそうな話だけど、現実問題、胞珠についてわかってることといえば、オカルトと大差ないレベルばっかりだし。