胞珠が何のために人間の体にくっついてんのか、って話。
 そういう説もあるみたいな、曖昧な言い方しかできないわけだけど。
 胞珠を持たない人間ってのは、脳や心臓を持たない人間と同じくらいの割合で発生して、産まれたとしてもきちんと生きられない。そんくらい、人間の生存にとって重要な器官。パッと見た感じ、眼球の一部や爪の一枚の代わりに過ぎないのにさ。
 思考とか感情とか、人間の脳の中身って、どう働いてるかわかんねー部分がけっこうあるらしい。
 胞珠もまさにその仲間だよね。胞珠の機能は「思念のエネルギーを増幅する」とかっていうじゃん、大まじめに。何そのオカルト。そのへんが人間の科学力の限界って?
 姉貴ともそういう話、しょっちゅうしてた。
「わたしにもわからないわよ。見つめ合う相手、触れ合う相手と、よりよく意思疎通するために、目や指に胞珠があるっていわれるけど?」
 根拠もない一般論。妙にキレイな俗説。
「触れ合う相手かよ。じゃあ、姉貴のコレは狙いすぎじゃねーの?」
 左胸の膨らみのてっぺんの淡いピンク色の胞珠。
「目にも手にも胞珠がないから、じろじろ見て探されるのよね。鬱《うっ》陶《とう》しい。わたしの胞珠も、表から見える場所にあればよかったのに」
 んなこと言うなよ、姉貴。おれだけ知ってりゃ十分じゃん。
 巣穴みたいな二人きりの部屋に隠れて生きた一年間。
 カーテンの隙間から入り込むかすかな日差しがおれの額の朱い胞珠に屈折して、壁とシーツに映る影絵をほのかに彩った。その朱い影を白い肌に映して柔らかな体を揺さぶった。淡いピンク色はわがままそうに弾んだ。
 溺れるままに時が止まればいいと思った。気持ちいいとか愛しいとか恋しいとかいうキレイな言葉なんかそこにはなくて、ただ、絶望と恐怖から逃れる手段は、ぬるぬるして生臭いトコロに二人で沈んで息をひそめることだけだった。だから無我夢中になった。
 すぐに終わりが来るってことは最初からわかってた。いろいろぶっ壊れてるよなってことも理解してた。たぶん、姉貴も。
 代わりを探したって、むなしいだけだ。姉貴以上に執着できるモノなんて、世界じゅうどこにも存在しない。
 世界は記号だらけになっちまった。おれのチカラで支配できるか否かのマルとバツ。大半はマルで、バツの中に何種類かの記号がある。唯一の親友って記号。ターゲット的な美少女って記号。おれと同じ異能者って記号。相容れない敵って記号。
 おれ、という記号。
 へらへら笑った仮面の下の、冷めてて投げやりな思考。ほしいものを永遠に失った、絶望というよりは空虚。自分から死のうとは思わないけど、もうすぐ終わるんだとしても、どうだっていい。惜しむ理由なんてない。
 そんなことをつらつらと、夜通し、文徳《ふみのり》と煥《あきら》に話した。兄弟で二人暮らししてるマンションの部屋に泊めてもらって、お互い、垂れ流すように語った。
 文徳の手はずっと、憑り付かれたようにギターをつま弾き続けていた。ときどき煥が歌った。歌詞のまだない旋律だけの唄を、でたらめな言葉をつないで歌っていた。どんな楽器よりキレイな音を出す喉だと思った。