戦闘服を着込んだ敵の一人が、光の壁に突っ込んで弾き飛ばされた。煥が突き出した手のひらの正面に、六角形の真っ白な光の壁が生じている。
 ほくそ笑む煥が額の胞珠をきらめかせて、引っ繰り返った敵との距離を詰める。敵は、逃れようとして転がる。その動きも、煥は先読みしている。
 軽い跳躍。容赦なく踏み付けながら着地。何かが折れて砕ける音。くぐもった悲鳴。
 煥は手のひらの先に光の板を創り出して、敵の体に押し当てた。たちまち、焼け焦げる音と匂い。煥の白い光はずいぶんな高温らしい。
 敵の絶叫。それを断ち切ったのは、あの素早すぎる襲撃者だ。
 猛烈な速攻を、煥は難なく防ぐ。
「邪魔すんなよ」
「するに決まってるでしょう」
 妙に静かに会話して、二人とも、ニタリと笑った。
 戦闘狂だ。こいつらにとってケンカってものは、手段じゃなくて享楽なんだ。
 接近戦。繰り出される技を目で追い切れない。相手の意図は何となく読める。煥に光の壁を出す隙を与えないこと。単純な格闘なら互角にやれるから。
 あっちでもこっちでも殴ったり蹴ったりの大騒ぎで、熱気と怒号が台風みたいな勢いで立ち上って渦巻いている。呑まれそうになる。ついつい、おれも暴れてみたいなんて思ってしまう。
 やめてよね。ガラじゃないでしょ。おれはさ、のんべんだらりと生きていられりゃそれでいいっていう、ことなかれ主義の平和主義を信奉してんだよ。
 乱戦のど真ん中のエアポケットで、おれのすぐそばに立つさよ子が「ああぁぁ」と大きなため息をついた。そして声を張り上げた。
「もうやめて! カイガさん、やめて。帰って! お願い!」
 カイガと呼ばれたそいつが一瞬、動きを止めた。一瞬の隙を、煥は見逃さなかった。シュッと鳴った拳がカイガの顔を狙う。
「おっと」
 カイガはバランスを崩しつつ煥の拳を避けて、地面に手を突いて鮮やかに後転した。何かの弾みで、フードが外れる。肩に掛かる長さのウェーブした黒髪が広がった。
 額いっぱいに、つやめく漆黒がある。おれや煥、鈴蘭と同じだ。巨大な胞珠。それを持つからこその、あの身のこなしなんだろう。
 さよ子はカイガと煥を交互に見つめて言った。
「いつもいつも、そんなやり方ばっかり。思いどおりに事を運ぶために、みんなそうやって戦うんですよね。何でそうなっちゃうんです?」
 煥は、鼻で笑う表情を浮かべて、そっぽを向いた。カイガもまた嘲笑う表情で、さよ子に答えた。
「話してわかる相手なら、いちいち暴れる必要もないんでしょうが、あいにくと、ぼくは対等に話せる相手をなかなか見出せないんですよ。うかうかしていたら、自分の身が危うくなってしまう。さよ子さんも、経験からそれを理解しているはずですよ」
「でも、わたしはイヤなんです! そんなやり方じゃあ、きっと、めちゃくちゃになる日が来ます!」
「笑わせないでください。とっくにめちゃくちゃでしょう?」
 理想だの正義だの、通用する世の中じゃあない。やっぱそうだよね。
 カイガがさよ子のほうへ手を伸ばして、「こっちに来なさい」の合図をした。さよ子が唇を噛む。
 鈴蘭がさよ子の腕にギュッと抱き付いた。
「さよ子、行っちゃダメ。わたしと一緒にいたら、絶対に安全だから。ね?」
 カイガが鼻白んだ顔をした。
「絶対、ですか。何を根拠にそんなことを言うのか。絶対なんて言葉は、原理的にあり得ないものですよ」
 ポンッ、と横合いから音がした。胞珠が破損する音だ。
 おれは一瞬だけゾッとして、音の発生源を探す。
 左目から血を流して、うつろな顔で立ち尽くす男がいる。よかった、文徳じゃなかった。それだけ確認したら、あとはもう関心が消えうせる。
 カイガと二人の仲間は撤退を決めたようだった。カイガ以外の二人はなかなかの重傷だ。このまま粘っても得られるものはない、と判断したんだろう。
「また近いうちに皆さんとお会いすることになるでしょうが、今日のところはこれで」
 三人とも、じっとさよ子を見ていた。さよ子は気丈に、にらみ返した。
 さーっと波が引くように、乱闘は収束していった。カイガたちが立ち去ると、煥はようやく拳を下ろした。
 鈴蘭は甲斐甲斐しく、煥のほうへ飛んでいった。
「煥先輩、ケガしてます。右のほっぺた、あざになって、ちょっと血も出てますよ。わたし、治しますね」
 言うが早いか、鈴蘭は腕を伸ばして、煥の頬を手のひらで包んだ。鈴蘭の手のひらから、じわりと青い光が染み出す。鈴蘭の額の胞珠が明るく輝く。
「あれがあの子のチカラってわけ?」
 鈴蘭は少し眉をしかめている。痛みをこらえるかのように。
 さよ子が肩を落として、おれに言った。
「見てのとおり、鈴蘭は傷を治すことができるんです。治すべき傷の痛みを引き受けて我慢して、跡形もなくしてしまう。三日前なんて、煥先輩の骨折を治しちゃったんですよ。痛みでボロボロ泣きながら」
「へ~、けなげなもんだね」
「ですよね。だから、煥先輩、鈴蘭のこと気に入ってる。わたし、完璧に出遅れちゃいました」
「さよ子ちゃんは、あっきーのこと好きなの?」
「鈴蘭は、煥先輩を手に入れたいって言ってました。わたしにもその気持ちはわかるから、たぶん、わたしも同じです。煥先輩、カッコよくてキレイだから、ほしいです」
 ほしいってのが、好きって気持ちとイコールなら。
 おれは一世一代の大事なモノを失ったんだよな。
 姉貴のこと、あいつに聞きそびれた。先にちょっかい出したのはこっちって、どういう意味だよ?
「場合によっちゃ、殺すよ」
 うっかりして、声に出してつぶやいてしまった。
「え? 何か言いました?」
 おれを見上げるさよ子に、笑顔の仮面で応じる。
【なーんにも。それより、腹減ってない? どっか飯食いに行こうよ。おごるからさ、デートとか。どう? 行こうよ。ね?】
「えええええっ、ま、またそんなデートだなんてっ! わ、わたし、鈴蘭とごはん行くことにしていましてですねっ」
 ダイヤモンドみたいな両眼は、困った様子でキョロキョロする。おもしれー子。からかい甲斐があるし、落とし甲斐もあるってもんだよね。