大学二年生にして、物理学界で頭角を現し始めている。十年に一度の世界的才能、なんて言われるらしい。
黙っていれば、とんでもないほどのイケメンだけど、口を開けば、たちどころに変人だと露見する。しかも、自覚的に変人を演出しているんだから、どうしようもない。
生意気、毒舌、皮肉屋。でも、発言は全部、正確もしくは最適。大学や研究会での大立ち回りを聞くたびに、わたしは呆れて笑ってしまう。敵も多いみたいだけど、間違った理論を前にすると、おとなしくなんてしていられないのよね。
そんな阿里海牙の誕生日は、なんとクリスマスイヴ。ロマンチックなイベントなんて興味もない、みたいな看板を掛けているというのに、ちょっと皮肉だ。
「自分で成し遂げた功績でもないのに、祝う? まずその時点で、誕生日というものの意味がわかりません。祝うなら、親たちが勝手に祝えばいいだけの話です」
これ、十八歳の秋ごろの、海牙くんの名ゼリフ。
海牙くんの友達はみんな、彼の誕生日を訊くのに苦労していた。最終的には、クリスマスにわたしがばらしちゃったんだけど。
どちらにしても、イヴはみんな予定が入っている。毎年、海牙くんの誕生日を当日に一緒に祝うのは、わたしだけだ。今年で三回目。海牙くんは今日で二十歳になった。
海牙くんが通う国立大学は、高校時代の町から各駅停車で二時間ちょっとのところにある。わたしは彼の大学のそばにヘアサロンを開いた。一緒に住んでいるわけじゃないけど、ほとんど毎日、顔を合わせている。
今日のディナーは、カジュアルな創作フレンチだった。クリスマス限定のコースに、乾杯は口当たりの甘いワイン。
実は、これが海牙くんの初めてのお酒だった。象牙色の肌は、パッと朱に染まった。いきなりたくさん飲ませないほうがよさそうだと思った。食事を味わうためにワインは最初の一口だけにして、帰ってから改めて乾杯することを提案した。
そして、整然と散らかった海牙くんの部屋で、帰りがけに買ったスパークリングワインを開けた。薄々予想していたとおり、海牙くんは、小さなワイングラス半分であえなくダウン。
「目が回る……三半規管がおかしい」
「おーい、大丈夫? 気持ち悪いわけではないのね?」
今、わたしはベッドに腰掛けて、海牙くんはわたしの膝枕に頭を預けている。
「急激に眠くなっただけ。すごいな、C2H6Oって」
「何、その化学式?」
「エタノール。俗称、アルコール」
「スパークリングワインと言いなさいよ」
「香りがよくてオシャレでも、結局はエタノール混合物でしょう。摂取したC2H6Oの質量は15ml未満なのに、全然ダメだ。顔が熱い」
ダークグリーンの目は閉じられている。まっすぐで長いまつげがうらやましい。
「意外な弱点発見ってところ? 今まで外で飲ませなくてよかったわ」
海牙くんは体を丸めながら寝返りを打った。この体勢だと、わたしのおなかにくっついてくる形になる。
眠るときは、いつもこんなふうよね。左を下にして丸くなって、わたしにくっついて、額をすりすりと寄せてくる。
緩やかに波打った髪を、そっと撫でる。頬も赤いけど、耳はもっと真っ赤だ。少し冷えたわたしの指先に、海牙くんは喉を鳴らした。
「気持ちいい」
「こんな様子じゃ、日付が変わるまで保たないわね。せっかくプレゼントを用意してるのに」
「さっき、もらったけど?」
「あれは誕生日のプレゼント。それとクリスマスは別よ」
満足そうに、薄い唇が微笑んだ。
小さいころ、誕生日とクリスマスがひとまとめだったんだって。すねちゃったんだろうな。そのせいもあって、誕生日を人に言いたくないんでしょ?
「リアさん」
「何、子猫ちゃん?」
「にゃあ」
まさかの冗談はお酒のせい?
「やっぱり外で飲ませなくて正解だわ」
子猫ちゃんな海牙くん、かわいすぎるもの。誰かに拾って持っていかれたら困る。
黙っていれば、とんでもないほどのイケメンだけど、口を開けば、たちどころに変人だと露見する。しかも、自覚的に変人を演出しているんだから、どうしようもない。
生意気、毒舌、皮肉屋。でも、発言は全部、正確もしくは最適。大学や研究会での大立ち回りを聞くたびに、わたしは呆れて笑ってしまう。敵も多いみたいだけど、間違った理論を前にすると、おとなしくなんてしていられないのよね。
そんな阿里海牙の誕生日は、なんとクリスマスイヴ。ロマンチックなイベントなんて興味もない、みたいな看板を掛けているというのに、ちょっと皮肉だ。
「自分で成し遂げた功績でもないのに、祝う? まずその時点で、誕生日というものの意味がわかりません。祝うなら、親たちが勝手に祝えばいいだけの話です」
これ、十八歳の秋ごろの、海牙くんの名ゼリフ。
海牙くんの友達はみんな、彼の誕生日を訊くのに苦労していた。最終的には、クリスマスにわたしがばらしちゃったんだけど。
どちらにしても、イヴはみんな予定が入っている。毎年、海牙くんの誕生日を当日に一緒に祝うのは、わたしだけだ。今年で三回目。海牙くんは今日で二十歳になった。
海牙くんが通う国立大学は、高校時代の町から各駅停車で二時間ちょっとのところにある。わたしは彼の大学のそばにヘアサロンを開いた。一緒に住んでいるわけじゃないけど、ほとんど毎日、顔を合わせている。
今日のディナーは、カジュアルな創作フレンチだった。クリスマス限定のコースに、乾杯は口当たりの甘いワイン。
実は、これが海牙くんの初めてのお酒だった。象牙色の肌は、パッと朱に染まった。いきなりたくさん飲ませないほうがよさそうだと思った。食事を味わうためにワインは最初の一口だけにして、帰ってから改めて乾杯することを提案した。
そして、整然と散らかった海牙くんの部屋で、帰りがけに買ったスパークリングワインを開けた。薄々予想していたとおり、海牙くんは、小さなワイングラス半分であえなくダウン。
「目が回る……三半規管がおかしい」
「おーい、大丈夫? 気持ち悪いわけではないのね?」
今、わたしはベッドに腰掛けて、海牙くんはわたしの膝枕に頭を預けている。
「急激に眠くなっただけ。すごいな、C2H6Oって」
「何、その化学式?」
「エタノール。俗称、アルコール」
「スパークリングワインと言いなさいよ」
「香りがよくてオシャレでも、結局はエタノール混合物でしょう。摂取したC2H6Oの質量は15ml未満なのに、全然ダメだ。顔が熱い」
ダークグリーンの目は閉じられている。まっすぐで長いまつげがうらやましい。
「意外な弱点発見ってところ? 今まで外で飲ませなくてよかったわ」
海牙くんは体を丸めながら寝返りを打った。この体勢だと、わたしのおなかにくっついてくる形になる。
眠るときは、いつもこんなふうよね。左を下にして丸くなって、わたしにくっついて、額をすりすりと寄せてくる。
緩やかに波打った髪を、そっと撫でる。頬も赤いけど、耳はもっと真っ赤だ。少し冷えたわたしの指先に、海牙くんは喉を鳴らした。
「気持ちいい」
「こんな様子じゃ、日付が変わるまで保たないわね。せっかくプレゼントを用意してるのに」
「さっき、もらったけど?」
「あれは誕生日のプレゼント。それとクリスマスは別よ」
満足そうに、薄い唇が微笑んだ。
小さいころ、誕生日とクリスマスがひとまとめだったんだって。すねちゃったんだろうな。そのせいもあって、誕生日を人に言いたくないんでしょ?
「リアさん」
「何、子猫ちゃん?」
「にゃあ」
まさかの冗談はお酒のせい?
「やっぱり外で飲ませなくて正解だわ」
子猫ちゃんな海牙くん、かわいすぎるもの。誰かに拾って持っていかれたら困る。