いつもの待ち合わせ場所で瑠偉と合流した。情報の速い瑠偉は、魂珠を抜かれた動物や人間のことを調べ上げていた。
「徘徊中だった変な動物は、生気が戻ったらしい。とはいえ、もとが野良だったからな。これからどうなるか。買われた記録がハッキリしてるぶんは、文天堂家に返されたみたいだけど」
人間についても同様。生気は戻ったけど、記憶の有無は人によってばらつきがある。身なりから推測できたとおり、大半は、家にも学校にも寄り付かない不良少年少女だった。どこで何をしていようと、誰からも探されていなかったという。
「ところで、あのお坊ちゃんはどうなりました?」
瑠偉は、しかめっ面で笑うような、微妙な表情をした。
「転校するらしい」
「はい? 新学期が始まったばかりのこの時期に?」
「本当は学年が変わるのと同時に学校も変わるつもりだったらしいけどな。首都圏の某私立の編入試験で歴代最高得点を取ったそうで。でも、先月、急にわがままを言い出したんだと。阿里海牙に負けっぱなしのまま転校できないし、この町でやるべきことがあるって」
「先月というと、黄帝珠の影響をこうむり始めた時期でしょうか?」
「たぶんな。昨日は体調不良で休んでた。おまえらがボコボコにしてやったせいだろうな。で、今日の朝にチラッと顔出すのが最後の登校って言ってたぞ」
「できれば会いたくないんだけどね」
ぼくの場合、そういうささやかな願いが叶ったことがない。日頃の行いが悪いせいだと、さよ子さんには言われる。
正門前のロータリーに、あのドイツ製の高級車が停まっていた。ちょっとした人だかりができている。その中央で墓石グレーの制服の群れに囲まれているのは、もちろん、祥之助だ。
意外なことに、祥之助は笑っていた。
理仁くんに殴られて自分でも自分を殴った痕は、頬骨の上のアザと頬全体の腫れと口元の赤いかさぶたとして、しっかり残っている。ケガの理由を訊かれて、祥之助は笑ってごまかして、冗談めいたものまで口にしている。
「SOU‐ZUIに泥棒が入って、撃退はできたんだけど、ボコボコにされちゃってさ。決戦の場所は、最上階のTOPAZ。行ったことない? みんなが思ってるほど高級料理じゃないんだけどな。大都高校の学生証提示で割引できるように、父に言っとこうか」
ぼくは唖然とした。
「あれが本当に文天堂祥之助ですか?」
お坊ちゃんで成績優秀で、同級生から一目置かれているらしい。そんなごく普通の優等生が、ぼくの前にいる。
瑠偉がぼくの隣で、含み笑いをした。
「そんな顔すんなって。あいつはあれでいいんだよ。憑き物が落ちたってやつだ」
「信じられない」
「とは言ってもなあ。まわりにいろいろ話を聞いてみた限りでは、今のあれが本来の文天堂祥之助みたいだぞ。金持ちの息子で、何でもできすぎるから、無意識のうちに嫌味な言動をすることはあっても、怨んだり怨まれたりってキャラじゃないみたいだ」
「でも」
「不安や疑問があるなら、自分であいつと話して、確かめてきたらどうだ? 心配ねぇよ。理仁の暗示はちゃんと効いてて、あいつは何も覚えてない」
瑠偉にうながされるまま、ぼくは祥之助に近付いた。人の間を縫って、中央の祥之助の前に立つ。
祥之助は、ブラウンの目を怪訝《けげん》そうにすがめた。
「誰だ?」
まるで初対面のような表情と言葉。
ぼくは祥之助の顔をじっと見る。瞳孔の様子、まぶたの緊張感、異常な汗の有無。もしも祥之助が一連の出来事を覚えているのなら、顔色が急激に変化するのが道理だろう。
ワックスで固めた髪も、手入れされた眉も、香水のような匂いも、イヤというほど向き合わされた敵の姿とまったく同じだ。
けれど、祥之助は妙に行儀よく小首をかしげた。
「失敬。その校章の色、三年生ですね。先輩がどなたなのか、存じませんが」
まさかの敬語。しおらしい祥之助なんて、想像もつかなかったのに。
瑠偉が隣に来て、ぼくのカバンを引っ張った。
「ほら、言ったとおりだろ。ここに突っ立ってたら、下級生たちの邪魔になる。行こうぜ、海牙」
その途端、祥之助がハッと目を見張った。
「海牙って、あの阿里海牙?」
「フルネームの呼び捨てとはまた失敬ですね。まあ、何にせよ、ぼくのことをご存じでしたか」
「すみません」
「え?」
「知らないはずもありません。ボクはずっと、阿里先輩の影と戦ってきましたから。阿里先輩が叩き出した成績に、文系科目の点数だけ辛うじて勝てることがあっても、総合成績では一度も勝つことができなかった。悔しいです」
めまいがしそうなほど、調子が狂う。ぼくは祥之助から目をそらした。
「転校するそうですが。新しい学校でも頑張ってくださいね」
平板な言葉を、投げ付けるように放った。
「徘徊中だった変な動物は、生気が戻ったらしい。とはいえ、もとが野良だったからな。これからどうなるか。買われた記録がハッキリしてるぶんは、文天堂家に返されたみたいだけど」
人間についても同様。生気は戻ったけど、記憶の有無は人によってばらつきがある。身なりから推測できたとおり、大半は、家にも学校にも寄り付かない不良少年少女だった。どこで何をしていようと、誰からも探されていなかったという。
「ところで、あのお坊ちゃんはどうなりました?」
瑠偉は、しかめっ面で笑うような、微妙な表情をした。
「転校するらしい」
「はい? 新学期が始まったばかりのこの時期に?」
「本当は学年が変わるのと同時に学校も変わるつもりだったらしいけどな。首都圏の某私立の編入試験で歴代最高得点を取ったそうで。でも、先月、急にわがままを言い出したんだと。阿里海牙に負けっぱなしのまま転校できないし、この町でやるべきことがあるって」
「先月というと、黄帝珠の影響をこうむり始めた時期でしょうか?」
「たぶんな。昨日は体調不良で休んでた。おまえらがボコボコにしてやったせいだろうな。で、今日の朝にチラッと顔出すのが最後の登校って言ってたぞ」
「できれば会いたくないんだけどね」
ぼくの場合、そういうささやかな願いが叶ったことがない。日頃の行いが悪いせいだと、さよ子さんには言われる。
正門前のロータリーに、あのドイツ製の高級車が停まっていた。ちょっとした人だかりができている。その中央で墓石グレーの制服の群れに囲まれているのは、もちろん、祥之助だ。
意外なことに、祥之助は笑っていた。
理仁くんに殴られて自分でも自分を殴った痕は、頬骨の上のアザと頬全体の腫れと口元の赤いかさぶたとして、しっかり残っている。ケガの理由を訊かれて、祥之助は笑ってごまかして、冗談めいたものまで口にしている。
「SOU‐ZUIに泥棒が入って、撃退はできたんだけど、ボコボコにされちゃってさ。決戦の場所は、最上階のTOPAZ。行ったことない? みんなが思ってるほど高級料理じゃないんだけどな。大都高校の学生証提示で割引できるように、父に言っとこうか」
ぼくは唖然とした。
「あれが本当に文天堂祥之助ですか?」
お坊ちゃんで成績優秀で、同級生から一目置かれているらしい。そんなごく普通の優等生が、ぼくの前にいる。
瑠偉がぼくの隣で、含み笑いをした。
「そんな顔すんなって。あいつはあれでいいんだよ。憑き物が落ちたってやつだ」
「信じられない」
「とは言ってもなあ。まわりにいろいろ話を聞いてみた限りでは、今のあれが本来の文天堂祥之助みたいだぞ。金持ちの息子で、何でもできすぎるから、無意識のうちに嫌味な言動をすることはあっても、怨んだり怨まれたりってキャラじゃないみたいだ」
「でも」
「不安や疑問があるなら、自分であいつと話して、確かめてきたらどうだ? 心配ねぇよ。理仁の暗示はちゃんと効いてて、あいつは何も覚えてない」
瑠偉にうながされるまま、ぼくは祥之助に近付いた。人の間を縫って、中央の祥之助の前に立つ。
祥之助は、ブラウンの目を怪訝《けげん》そうにすがめた。
「誰だ?」
まるで初対面のような表情と言葉。
ぼくは祥之助の顔をじっと見る。瞳孔の様子、まぶたの緊張感、異常な汗の有無。もしも祥之助が一連の出来事を覚えているのなら、顔色が急激に変化するのが道理だろう。
ワックスで固めた髪も、手入れされた眉も、香水のような匂いも、イヤというほど向き合わされた敵の姿とまったく同じだ。
けれど、祥之助は妙に行儀よく小首をかしげた。
「失敬。その校章の色、三年生ですね。先輩がどなたなのか、存じませんが」
まさかの敬語。しおらしい祥之助なんて、想像もつかなかったのに。
瑠偉が隣に来て、ぼくのカバンを引っ張った。
「ほら、言ったとおりだろ。ここに突っ立ってたら、下級生たちの邪魔になる。行こうぜ、海牙」
その途端、祥之助がハッと目を見張った。
「海牙って、あの阿里海牙?」
「フルネームの呼び捨てとはまた失敬ですね。まあ、何にせよ、ぼくのことをご存じでしたか」
「すみません」
「え?」
「知らないはずもありません。ボクはずっと、阿里先輩の影と戦ってきましたから。阿里先輩が叩き出した成績に、文系科目の点数だけ辛うじて勝てることがあっても、総合成績では一度も勝つことができなかった。悔しいです」
めまいがしそうなほど、調子が狂う。ぼくは祥之助から目をそらした。
「転校するそうですが。新しい学校でも頑張ってくださいね」
平板な言葉を、投げ付けるように放った。