漆黒の扉の前に立ったときから、ここが最奥部だと感じていた。扉を押して開く。ぼくはその部屋に足を踏み入れる。
 壁も床も天井も黒曜石でできているかのように艶めく漆黒の部屋だ。
 赤、青、黄、緑と、さまざまな色の淡い光が、ふわふわとただよっている。光が偶然、重なり合えば、そのときだけ少し強い輝きが現れる。
 淡くない、ぎらついた光がある。けばけばしい黄金色が、部屋の中央で異質な存在感を主張していた。
「遅かったな、阿里海牙。しかも、おまえひとりか?」
 祥之助は、浮遊する黄帝珠の破片を王冠のように頭の周囲にまとって、仰々しく巨大な椅子の上で脚を組み直した。椅子のデザインに見覚えがある。懐中時計と同じゴールドで、バラと宝石がしつこい。
 ぼくは声を張り上げた。
「核への到達は全員でなければならない、との条件はなかったしょう? 制限時間内に、ぼくはここに至りました。このゲーム、ぼくたちの勝ちです」
 ポケットから取り出した懐中時計の文字盤は、三百五十度以上が暗転している。ぼくはそれを祥之助のほうへ放った。無駄のない放物線を描いて、懐中時計は祥之助の手に収まる。
 祥之助が鼻で笑った。
「気の早いやつだ。この部屋は確かにココロの最奥部だが、ここ全体が核というわけじゃない。核は、これだ」
 これ、と示されたのは黒い直方体だ。長辺1,800mm×短辺550mm×高さ1,200mmと、おおよその寸法を目測する。
 祥之助のそばにその直方体があることには、最初から気付いていた。その正体が何なのか、近付いてみて初めてわかった。
 まるで棺《ひつぎ》だった。
「リアさん……」
 直方体の中で、黒衣のリアさんが仰向けに横たわって目を閉じている。胸の上で両手の指が組み合わされた姿勢だ。じっと見つめる。呼吸をしている様子がうかがえない。
 ぼくはとっさに、リアさんに触れようとした。無駄だった。透明度のきわめて高い素材から成る蓋が、直方体にぴったりとかぶせられている。
 ざらざらと不快な声が哄笑した。
【ココロの核は、おおむね堅く閉ざされておる。このココロの主は殊《こと》に守りが堅い。おぬしらを最奥部へ近付けぬ迷宮も、ひどく入り組んでおったのう。しかも、侵入者を惑わす仕掛けだらけだった】
 高みの見物をされていた、というわけか。
「最低な趣味ですね」
【ほざけ、駄犬が】
「石ころの戯言に付き合う暇はない。要するに、核に到達するための条件は、この蓋をどけることと解釈していいんですね?」
 蓋と呼んでみたけれど、密閉されている。二種類の無機物で継ぎ目のない箱を構造させるなんて、どんな組成になっているんだか。
 不意に、皮肉な気分が胸に差して笑いたくなった。力学《フィジックス》の目を保ったままなら、ぼくがここまで来るのは無理だったに違いない。ココロの矛盾にばかり意識が行って、大事なものを見なかっただろう。
 祥之助が椅子に掛けたまま、伸ばした脚のつま先で、黒い直方体をつついた。
「やってみなよ。メルヘンのワンシーンを演じてみるがいい。王子が、眠れる姫君を目覚めさせるシーンだ」
 祥之助の足を、ぼくは踏み付けた。涼しい笑顔で告げる。
「きみはメルヘンの再現を演じたことがあるようですが、本末転倒を自覚していますか?」
「痛い痛い痛いっ!」
「姫君に呪いを掛けた魔法使いと、眠りの呪いを解く王子の、一人二役。たいした道化ですね」
 悲鳴がうるさいから、ぼくは祥之助の足を解放した。祥之助が涙目でぼくを見上げる。
「おまえ、ボクに暴力を……!」
「振るいましたが、それが何か?」
「野蛮人!」
「テストの点数で競ってもかまいませんよ?」
「が、学年が違うじゃないか!」
「ぼくの一昨年の成績を、きみは去年、超えられなかった。そういう話なんですが」
 祥之助の涙目に黄金色が宿っている。怨《うら》みの感情は、淀んだ黄色。この色が、まさしくそれなのか。
「ボクは、負けてはならなかったんだ。それなのに、おまえがいた。おまえさえいなければ……!」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ。ぼくもね、きみのわがままに振り回されるばかりじゃいられないんです」
 言いながら、ぼくはすでに祥之助を見ていない。眠るリアさんを、透明な蓋越しに見つめている。
 イヌワシが蓋の隅に降り立った。生意気な目を閉じて、じっと動かなくなる。
 直方体のあちこちに手のひらで触れてみた。冷たい。軽く叩いてみる。結晶の集合密度が高いようで、音が響かない。びくともしない。
 祥之助が鼻を鳴らした。
「無駄だと思うね。こんなに堅固な棺は初めて見た」
「棺?」
 ハッキリとそれを声に出されると、カッと頭に来た。誰のせいでリアさんが眠らされたと思っているんだ?
 ぼくはリアさんの眠る箱を揺さぶってみた。いや、揺さぶろうとしたけれど、無理だ。