それにしても。
 ぼくは改めて、美人な彼女に目を向けた。朱《あか》い髪、朱い光彩、くっきりした目鼻立ち。微笑んだ唇の形が、すごくいい。
 顔立ちだけじゃなく、スタイルも抜群だ。着衣のバストサイズが930mmほどもあって、アンダーがキュッと細く、トップの高さがある。パッドで嵩《かさ》増ししていないなら、Fカップが期待できそう。ウェストやヒップとの比率も完璧だ。
 ぼくは彼女に微笑みかけた。
「災難でしたね。気を付けたほうがいいですよ。このあたりは、あの緋炎という不良グループがやかましいんです」
「そうみたいね。助かったわ。さすがに三人もいたら、撃退するにも手間取るもの」
 一人で倒す気だったのか、この人は。
 彼女が、ざっとぼくの全身を観察した。見られて困ることもない。
 細身で背が高い、いわゆるモデル体型だ。顔の小ささと手足の長さは数字の上で実証できる。首と肩が成す角度が女性的というか、撫で肩なのが唯一の難点だ。肩幅も男としては狭いから、華奢に見えるらしい。
 彼女は朱い髪を背中に払って、いたずらっぽくクスリと笑った。
「きみなら合格ね。ちょっと付き合って」
 いきなり手を引っ張られた。さすがに面食らう。彼女が向かう先はゲームセンターだ。
「あの、付き合ってって、何なんですか?」
「時間つぶし」
「え? それで、ゲーセンですか?」
「そうよ。悪い?」
「いえ、悪くはありませんが」
 意外というべきか。大人のおねえさんが、ゲーセンですか。
 たいていどのゲーセンも構造が似ている。一階は客引き用のクレーンゲームばかりだ。上の階から、メダルゲームの騒音が降ってくる。
 彼女に手を引かれながら、ぼくはゲーム機の間をうろうろした。
「きみ、ゲーム得意?」
「それなりに。クレーンゲームでも、シューティングでもレース系でも格闘系でもリズム系でも、その場で計算したり判断したり瞬発力が問われたりするタイプのゲームなら、何でもできますよ」
「すごいじゃない。運動神経も勘もよさそうだものね」
「まあ、それほどでもないわけじゃありません」
 彼女がふと、一台のクレーンゲームの前で足を止めた。一回百円の、小型のぬいぐるみが入っている機械だ。
「これ、かわいい」
 鷲《わし》か鷹《たか》のマスコットだった。翼は黒で、目は緑色。擬人化されて直立し、チェック柄のタキシードを着ている。飄々《ひょうひょう》とした笑みが、人を食った印象だ。
「かわいいんですか、これ?」
「生意気っぽくて、かわいいわよ。きみ、これ取ってくれない?」
 挑戦的な笑顔を向けられると、無理とは言えない。実際、クレーンゲームは難しくないし。
「おそらく四回目で取れますよ」
 ポケットから財布を出そうとしたら、彼女のほうが早かった。五百円玉が投入されて、残りゲーム回数が6と表示される。
「何で四回目なの?」
「ぼくなりのパターンがあるので」
 最初の二回で、アームの強度や癖、ぬいぐるみの重量を見極める。三回目でぬいぐるみの位置と角度の調整をして、四回目で獲得する。
 結果として、予告どおり四回目で一つ取れた。六回目で、もう一つ取れてしまった。
「ありがとう! すごいね、きみ」
 両方の手のひらに一つずつぬいぐるみを載せて目を輝かせる彼女は、なんだか少女っぽく見えた。セクシーでスタイル抜群な年上の女性なのに、不思議な人だ。
 ぼくは、ぬいぐるみのタグを見た。細かい字で、モデルとなった鳥が紹介されている。
「イヌワシ、ですか。アルタイ山脈あたりでは狩りに使われる鳥。レッドデータブック掲載の希少種シリーズ、と書いてありますね」
 でも、決してかわいくはないと思う。この笑い方、生意気というより嫌味だ。
 彼女がぬいぐるみとぼくを見比べた。
「やっぱりこの子、きみと似てる」
「は? これと、ぼくが?」
「似てる」
「どこがですか?」
「笑い方とか、シャープなようでソフトなところとか」
「意味がわかりません」
「誉めてるんだから、喜んだら?」
「喜ぶ要素が一つもないんですが」
 彼女の価値観によると、このぬいぐるみはかわいい。彼女の目から見て、ぼくはこのぬいぐるみと似ている。ということは、ぼくは、彼女にとってかわいい存在なのか?
 クレーンゲームのガラスに映る自分と視線を合わせる。ウェーブした黒髪と、緑色がかった目、彫りの深い目鼻立ち。かわいくはない。格好いいかキレイかのどちらかだ。
 突然、スマホが鳴る音がした。ぼくではない。
 彼女がぬいぐるみをバッグに落とし込んで、そのバッグの中からスマホを取り出した。ぼくが目の前にいるのに、躊躇《ちゅうちょ》なく電話に出る。
「もしもし? もう、遅いのよ。ゲーセンの中にいる……うん、一階」
 待ち合わせ相手がいたらしい。まあ、そういう雰囲気だったし。さっき、ぼくには「時間つぶし」と言っていたし。
 スマホを耳に当てながら、彼女が伸び上がって手を振った。ぼくは振り返る。彼女と同じくスマホで通話中の長身の男が、軽く手を挙げた。
 なるほどね。イケメンだ。ぼくとは違うタイプ。垂れ目がちで、唇が厚くて、肩がガッシリしている。
 彼女は電話を切った。スマホを耳から離した弾みで、ピアスが跳ねた。先端に石が付いた細いチェーンが髪に引っ掛かった。
「ちょっと失礼」
 ぼくは思わず、彼女のピアスに触れた。小さな振り子の運動はキレイだった。その動線を阻まれるのは惜しい。
 彼女の朱っぽい髪を掻き上げた瞬間、彼女はかすかに体をこわばらせた。髪と同じ色の目が、意外な近さで、ぼくを見上げる。
 キスができそうなほどの距離。というよりも、ぼくの仕草は、まるでキスを予告するかのよう。
 違う。そんなつもりはなくて。