最上階は人の気配に満ちていた。微動だにせず沈黙している気配。例によって、黒服の戦闘要員が多数配置されているんだろう。
 カフェレストランTOPAZは、過剰なほどの照明に彩られていた。きらきらしい情景の中で、ぼくの視線はまっすぐにフロアの中央へと惹き付けられる。
 台座の上に横たえられた、赤いドレスのリアさん。
 ぼくは立ち尽くした。理仁くんは駆け出した。すぐに転びかけて、駆け付けた煥くんに支えられた。
「二分遅刻だ、四獣珠の預かり手の諸君。でも、よく来たな」
 祥之助は黄金色の両眼を薄笑いに細めた。黄帝珠も祥之助のそばに浮いて、ざらざらと耳障りな声で笑った。
 主従関係は、どっちのベクトルなんだろう? どっちを先に倒せば効率がいいんだろう?
 誰よりもよく見える目を祥之助と黄帝珠からそらさずに、もっときちんと観察しておけばよかった。解けない計算式と読めない文字の膨大な羅列であっても、考えるためのヒントや問題解決の糸口がそこにあったかもしれないのに。
 鈴蘭さんがつぶやいた。
「あの人、正気じゃありませんよね? これが正気の人間のやることだとは信じたくないです」
 つぶやきは祥之助には聞こえていない。祥之助はソファから立って、革靴を鳴らしてリアさんのほうへと歩み寄る。
「早速、話を始めようか。ボクらの要求は、四獣珠だ。おとなしく渡してくれれば、この女を返そう」
 理仁くんが笑い捨てた。
「四獣珠を渡して、黄帝珠を復活させて? そんな状況でおれらだけ無事でも、姉貴はブチキレるね。一日、じっくり考えた。そんで結論出した。お坊ちゃん、てめぇに四獣珠は渡せねーよ!」
 祥之助は両腕を広げて肩をすくめた。
「盾突いてくるとは思っていたよ。だから、ゲームを用意した。勝負して決めないか? ボクらが勝ったら、四獣珠をもらう。おまえたちが勝ったら、女を解放する」
 祥之助がリアさんを見下ろした。じっとりと、なめるような視線。ぼくの体の奥が、カッと熱くなった。
【そんな目で彼女を見るな!】
 指向性のある声だと、自分でわかった。ぼくの思念が鋭い波動となって、祥之助に向かって飛ぶ。
 パシン!
 静電気による火花放電に打たれたかのように、祥之助が顔をしかめる。
「変な考えを起こしているのはおまえのほうだろう、阿里海牙。ボクをおまえと同列に扱うな」
 理仁くんが祥之助に指を突き付けた。
「姉貴の弟としてハッキリ言わせてもらうけど、きみのやってることのほうが気持ち悪いよ。ストレートにスケベな海ちゃんのほうがマシ」
「その言い方もどうかと思いますけど」
「人質を着せ替え人形にして支配下に置いてますってポーズ、マジ気持ち悪い。ボコボコにして縛り上げて転がすんじゃなく、無傷でキレイなまま眠らせておくって発想も、マジ気持ち悪い。人を支配しよう拘束しよう操縦しようって考え方が、超絶マジ気持ち悪い」
 朱い目はまっすぐに祥之助をにらんでいる。
 祥之助の薄笑いは揺るがない。祥之助は黄帝珠を手招きした。黄帝珠の四つの破片はギラギラしながら祥之助の頭のまわりを巡る。まるで、いびつな王冠だ。
 祥之助の右の手のひらが、黄帝珠と同じ色にぎらついた。ニヤリとした祥之助は、その右手を、リアさんの胸に押し当てた。
【ふざけるなふざけるなふざけるなッ! その手を離せ!】
【こざかしい】
 黄帝珠が唸って、ぼくの声を打ち払う。
 祥之助の手のひらが、ずぶりとリアさんの胸へと沈み込む。ピクリと、リアさんの体が小さく跳ねた。
「……あった」
 祥之助は指先で何かをつまみながら、右手を引き上げた。
 それは宝珠に似ている。オーロラ色、とでも言おうか。変化しながら揺らめく光が、独特のグラデーションを呈している。
 理仁くんが声を震わせた。
「姉貴の体温と心拍数が……血圧も呼吸数も、下がった。こんなんじゃ死ぬよ。おい、てめぇ、姉貴に何をしたっ!」
 その表現に、ピンと来た。冬眠中の動物のように、肉体の活動が生命維持に必要な最低限の状態。
 魂《コン》を抜かれたんだ。祥之助の手にあるオーロラ色の球体が、リアさんの魂《コン》なんだろう。
 祥之助は平然としている。
「今までの経験上、こうなっても、すぐには死なないよ。見えるか? これは魂珠《こんしゅ》という。取り出したばかりなら、こんなふうにキレイなんだ。これが濁ってくると、体のほうも弱り出すんだが」
 つまり、祥之助は知っているんだ。魂珠がやがて濁り、取り出された宿主が死ぬまでの過程を。