ハッキリ言って、柄の悪い町だ。表通りのビジネス街は整備が行き届いてキレイだけれど、そのぶん、中心から外れたエリアには後ろ暗い人とモノが集まる。
おかげで、ぼくは退屈しない。
「おねーさん、もしかして暇? 暇だろ? なあ、遊ばねえ?」
ほら、まただ。
崩れた格好をした、体だけ大きな弱虫が、女性に下品な声をかけている。三人集まって、やっと、ナンパする度胸がつくらしい。
さて、女性を助けるべきか、放っておくべきか。
女性のほうも柄が悪いなら、ぼくが介入する必要もない。まともな社会人なら、救出するほうがいいだろう。
もしも美人なら? それはもう積極的に、最高のタイミングで助けに入るべきだ。
なんてね。そういう期待はいつも胸に抱えているのだけれど、本気にさせてもらえるような女性には、残念ながら巡り会ったことがない。
「ちょっ、すげー美人じゃん! え、これ、度肝抜かれるって!」
「てゆーか、おねーさん、一般人? 芸能人だったりする?」
不良たちの騒ぎ方が妙に真に迫っている。本当にそんな美人?
ぼくは半信半疑で、不良たちの背後からその人をのぞき見た。そして思わず、こっそりガッツポーズをした。
彼女は、薄い色のサングラスを外した。
日本人の美の基準からすると、個性派といえるかもしれない。ラテン系かと思うくらいの、エキゾチックな美貌。二重まぶたの幅が広く、長いまつげは上向きで、ヴォリュームのある唇もセクシーだ。
年齢は二十代半ば。ぼくよりもだいぶ年上だけれど、ぼくの好みには完璧だ。春らしい薄手のシャツは、透けそうで透けていない。
彼女は、不良三人を見据えて言い放った。
「暇だけど、きみたちじゃ失格。どんなに時間があっても、遊びたいと思える相手じゃないわね。ほかの人に声かけたらどう?」
強い。あからさまに素行の悪そうな男に囲まれたら、普通はそんなことを言えない。
不良三人はポカンと口を開けた。ナンパしておびえられたり逃げられたりすることはあっても、真正面からふられることはまずないんだろう。
彼らは、この町の柄の悪さの一因、「緋炎《ひえん》」と名乗る不良集団のメンバーだ。古典的な暴走族の真似事をして、違法改造したバイクに乗ったり、チームの掟《おきて》を作ったり、役職によって納めるべき金銭的ノルマがあったりと、頭の悪いことをして目立っている。
不良の一人がゲラゲラと笑い出した。残る二人も即座に唱和する。わざとらしい笑い声があたりじゅうに響いた。サーッと、ひとけが引いていく。
「つれないこと言わずにさ、おねーさん」
「一緒に遊ぼうよー」
「絶対、楽しませてあげるって」
不良たちは三人ともニキビだらけの顔をしている。たぶん高校生だ。よく見れば、一人はボロボロの革靴だし、別の一人は制服のズボンを穿いている。
ぼくは彼らに近付いて、一人の肩に手を置いた。
「まだ下校時刻じゃないでしょう? サボりですか?」
不良たちが一斉に振り返って、ぼくを見上げた。三人の身長は大差なく、±30mm以内で、平均して約1,650mm。1,792mmのぼくよりもずいぶん低い。
ナンパする三人より、美人な彼女のほうが背が高い。ハイヒールの高さは約90mmだから、彼女自身は1,675mmくらいか。
明らかにひるんだ不良三人が、必死で気合いを入れ直した。
「な、何だ、テメェ! テメェこそ大都の制服着てんじゃねぇか!」
「サボってやがんのかよ! お坊ちゃん校のガリ勉がよ!」
大都高校のグレーの詰襟を身に付けたぼくは、彼らに笑ってみせた。
「進路指導の学年集会が面倒で、抜け出してきたんですよ。ガリ勉と呼ばれるほど机にかじり付くのは、趣味じゃありませんしね」
「すかした口ききやがって! ナメんじゃねえ!」
「怒鳴らなくても聞こえますが」
「んだと、ぉら! やんのか? ああ?」
「きみたちのセリフはワンパターンですね」
ここは各駅停車だけが止まる駅の正面で、ゲームセンターとパチンコ屋の前でもある。裏通りで薄暗い無法地帯。警察は、よほどのことがない限り、出張ってこない。
ということは。
「金出せよ、お坊ちゃん。そしたら許してやるよ」
カツアゲの汚い手が、ぼくのほうへ伸びてくるわけで。
「あいにく、きみたちに出してやれる金は一円もないんですよ。その代わりに」
つかみ掛かってくる手を蹴り飛ばす。
「足技なら、すぐに出せるんだけどね。きみたちが満足するまで、いくらでも!」
至近距離で予備動作なしの回し蹴り。食らった相手は、何が起こったかわからなかっただろう。完全に死角からダメージが入ったはずだ。
半歩踏み込んで、もう一人。
長い脚をムチのようにしなわせて遠心力を稼ぐ。力を込める必要はない。相手の重心を見極めるだけ。最適な一点に軽くエネルギーをぶつければ、人間ひとり、簡単に吹っ飛ぶ。
残り一人も片付けようとしたら、必要なかった。
不良の凄まじい悲鳴。彼女は平然と言ってのけた。
「あらごめんなさい、つまずいちゃって」
直径12mmのピンヒールが不良の足の甲に刺さっている。スリットの入ったスカートからのぞく攻撃的な美脚。彼女はヒールに重心を掛けて、さらにぐりぐりと動かした。
あれは痛い。36π平方mmの面積に、身長1,675mmの女性が体重の過半を掛けたら、踏まれた足の甲の骨は折れるんじゃないだろうか。
不良三人は、ほうほうの態で逃げていった。
「お、覚えてやがれ!」
ぼくはたびたび不良をいじめて遊ぶけれど、こんなに安っぽくて典型的な捨てゼリフは初めて聞いた。
おかげで、ぼくは退屈しない。
「おねーさん、もしかして暇? 暇だろ? なあ、遊ばねえ?」
ほら、まただ。
崩れた格好をした、体だけ大きな弱虫が、女性に下品な声をかけている。三人集まって、やっと、ナンパする度胸がつくらしい。
さて、女性を助けるべきか、放っておくべきか。
女性のほうも柄が悪いなら、ぼくが介入する必要もない。まともな社会人なら、救出するほうがいいだろう。
もしも美人なら? それはもう積極的に、最高のタイミングで助けに入るべきだ。
なんてね。そういう期待はいつも胸に抱えているのだけれど、本気にさせてもらえるような女性には、残念ながら巡り会ったことがない。
「ちょっ、すげー美人じゃん! え、これ、度肝抜かれるって!」
「てゆーか、おねーさん、一般人? 芸能人だったりする?」
不良たちの騒ぎ方が妙に真に迫っている。本当にそんな美人?
ぼくは半信半疑で、不良たちの背後からその人をのぞき見た。そして思わず、こっそりガッツポーズをした。
彼女は、薄い色のサングラスを外した。
日本人の美の基準からすると、個性派といえるかもしれない。ラテン系かと思うくらいの、エキゾチックな美貌。二重まぶたの幅が広く、長いまつげは上向きで、ヴォリュームのある唇もセクシーだ。
年齢は二十代半ば。ぼくよりもだいぶ年上だけれど、ぼくの好みには完璧だ。春らしい薄手のシャツは、透けそうで透けていない。
彼女は、不良三人を見据えて言い放った。
「暇だけど、きみたちじゃ失格。どんなに時間があっても、遊びたいと思える相手じゃないわね。ほかの人に声かけたらどう?」
強い。あからさまに素行の悪そうな男に囲まれたら、普通はそんなことを言えない。
不良三人はポカンと口を開けた。ナンパしておびえられたり逃げられたりすることはあっても、真正面からふられることはまずないんだろう。
彼らは、この町の柄の悪さの一因、「緋炎《ひえん》」と名乗る不良集団のメンバーだ。古典的な暴走族の真似事をして、違法改造したバイクに乗ったり、チームの掟《おきて》を作ったり、役職によって納めるべき金銭的ノルマがあったりと、頭の悪いことをして目立っている。
不良の一人がゲラゲラと笑い出した。残る二人も即座に唱和する。わざとらしい笑い声があたりじゅうに響いた。サーッと、ひとけが引いていく。
「つれないこと言わずにさ、おねーさん」
「一緒に遊ぼうよー」
「絶対、楽しませてあげるって」
不良たちは三人ともニキビだらけの顔をしている。たぶん高校生だ。よく見れば、一人はボロボロの革靴だし、別の一人は制服のズボンを穿いている。
ぼくは彼らに近付いて、一人の肩に手を置いた。
「まだ下校時刻じゃないでしょう? サボりですか?」
不良たちが一斉に振り返って、ぼくを見上げた。三人の身長は大差なく、±30mm以内で、平均して約1,650mm。1,792mmのぼくよりもずいぶん低い。
ナンパする三人より、美人な彼女のほうが背が高い。ハイヒールの高さは約90mmだから、彼女自身は1,675mmくらいか。
明らかにひるんだ不良三人が、必死で気合いを入れ直した。
「な、何だ、テメェ! テメェこそ大都の制服着てんじゃねぇか!」
「サボってやがんのかよ! お坊ちゃん校のガリ勉がよ!」
大都高校のグレーの詰襟を身に付けたぼくは、彼らに笑ってみせた。
「進路指導の学年集会が面倒で、抜け出してきたんですよ。ガリ勉と呼ばれるほど机にかじり付くのは、趣味じゃありませんしね」
「すかした口ききやがって! ナメんじゃねえ!」
「怒鳴らなくても聞こえますが」
「んだと、ぉら! やんのか? ああ?」
「きみたちのセリフはワンパターンですね」
ここは各駅停車だけが止まる駅の正面で、ゲームセンターとパチンコ屋の前でもある。裏通りで薄暗い無法地帯。警察は、よほどのことがない限り、出張ってこない。
ということは。
「金出せよ、お坊ちゃん。そしたら許してやるよ」
カツアゲの汚い手が、ぼくのほうへ伸びてくるわけで。
「あいにく、きみたちに出してやれる金は一円もないんですよ。その代わりに」
つかみ掛かってくる手を蹴り飛ばす。
「足技なら、すぐに出せるんだけどね。きみたちが満足するまで、いくらでも!」
至近距離で予備動作なしの回し蹴り。食らった相手は、何が起こったかわからなかっただろう。完全に死角からダメージが入ったはずだ。
半歩踏み込んで、もう一人。
長い脚をムチのようにしなわせて遠心力を稼ぐ。力を込める必要はない。相手の重心を見極めるだけ。最適な一点に軽くエネルギーをぶつければ、人間ひとり、簡単に吹っ飛ぶ。
残り一人も片付けようとしたら、必要なかった。
不良の凄まじい悲鳴。彼女は平然と言ってのけた。
「あらごめんなさい、つまずいちゃって」
直径12mmのピンヒールが不良の足の甲に刺さっている。スリットの入ったスカートからのぞく攻撃的な美脚。彼女はヒールに重心を掛けて、さらにぐりぐりと動かした。
あれは痛い。36π平方mmの面積に、身長1,675mmの女性が体重の過半を掛けたら、踏まれた足の甲の骨は折れるんじゃないだろうか。
不良三人は、ほうほうの態で逃げていった。
「お、覚えてやがれ!」
ぼくはたびたび不良をいじめて遊ぶけれど、こんなに安っぽくて典型的な捨てゼリフは初めて聞いた。