ぼくはため息をついた。
「ダメですね。思ったことが、どうしても洩れてしまう。寝言とか、うるさかったんじゃないですか?」
「朝までは、おれじゃなくて瑠偉っちが、この部屋に寝てたんだよね。床に布団敷いてさ。もし瑠偉っちが何か聞いてたとしても、大丈夫じゃない? あの人、口堅いでしょ」
「そうですね」
相当、心配をかけたんだろう。瑠偉がぼくの部屋に泊まるなんて。
ぼくが他人に寝顔を見せたくないこと、プライベートな空間に入られるのを極端に嫌うことは、瑠偉もよく知っている。修学旅行では、ぼくは大部屋で一睡もできなかった。最終日、瑠偉が教師に掛け合って個室を用意してくれた。
「瑠偉っちは今、たぶん学校だよ。情報収集のために、途中でちょっと抜け出すとは言ってたけど。で、朝から今までは、おれがこの部屋にいた。海ちゃんの寝言に関しては、まあ、姉貴のことだけ、後で瑠偉っちに説明しといたがいいんじゃない?」
リアさんのこと?
「ヤバい発言、してました?」
「そりゃもうすっげー正直に、高校生男子の欲望を」
「うわ……」
「冗談だよ~」
「やめてくださいよ」
「海ちゃんって、姉貴のこと好き?」
【美人。キレイな人。強い。スタイルがいい。柔らかかった】
勝手にあふれる思念に蓋をするように、ぼくは両手で顔を覆った。
「嫌いではないです。でも、好きだとか。そう感じるほどの長い付き合いじゃないですし」
正直な気持ち、だと思う。ハッキリとはわからない。
「ま、好きって言われても嫌いって言われても、複雑だけど」
理仁くんが乾いた声で笑った。
「心配ですよね」
「当たり前じゃん」
「今すぐにでも、動けたらいいんですが」
「うん、無理なのはわかってる」
【無力感。苦しい。情報が足りない。戦うにも支障がある。怖い。情報がほしい。数字がほしい。自信がほしい】
胸の上で玄獣珠が鼓動している。今まで、未知の情報の集合体である玄獣珠に意識を凝らしてみることなんて、ろくになかった。預かりたくもないくらいに、解析不能な玄獣珠というものを、ぼくは疎ましく思っていた。
たぶん今、ぼくはどうしようもなく弱っている。玄獣珠を拒む元気もない。
だから、初めてわかった。玄獣珠のぬくもりから、ぼくをいたわる思念が静かに伝わってくる。言葉と呼べるほど明確なものではないけれど、優しさと呼んでいいような波動が、じわじわとぼくの胸を温めようとしている。
理仁くんが、また、乾いた笑いをこぼした。
「すげーよな、海ちゃんって。この視界の情報、全部使いこなしてんでしょ? 眼鏡型のPCが開発中とかいうけど、海ちゃんのチカラは、その超絶高性能バージョンじゃん」
「理仁くんのほうがすごいでしょう。こんな状況なのに、冷静ですよね」
「んなことなくて、ひと暴れしたんだよ」
「ひと暴れ?」
「昨日の晩、平井のおっちゃん相手にね。今すぐ姉貴を助けに行きたいっつって、暴れて泣いて疲れ果てて、や~っと落ち着きました。めっちゃみんなに見られたからね。今さらだけど、すげー恥ずかしい」
「リアさんが安全な場所でおとなしく待っているような人なら、こんなことにはならなかった。でも、リアさんがいなかったら、ぼくは混乱したまま、どうなっていたか」
場面ごとに場合分けして考えてみる。要所要所で、リアさんの機転に救われた。リアさんがいなければ、ぼくたちの行動はもたついたはずだ。
「度胸がよすぎて危なっかしいでしょ。昔から、あんな人なんだ。おれ、絶対にかなわないもんね」
「いくつ違うんですか?」
「八つ上で、二十五歳だよ。姉貴はさ、おれのチカラのストッパーだったの。おれがちっちゃいころ。だから、あの場面であんなことできたわけ」
「あんなことって? 体を張って、って意味ですか?」
「こら、そこ変な想像しない。ちっちゃいころって言ったろ?」
軽い口調で、理仁くんは語った。子どものころ、わがままが駄々洩れになることがあった、という話。
癇癪を起こして、大音量で泣きわめいてしまった。肉声とともに、まわりの人々の精神を傷付ける衝撃波が噴出した。抑えようにも、自分ではうまく制御できなかった。
そんなときに助けてくれるのが、リアさんだった。誰彼かまわず操ってしまうマインドコントロールの号令《コマンド》を止めてくれるのも、チカラの影響を受けないリアさんだった。
「姉貴も、まったく効果なしってわけじゃないらしいけどね」
「ああ、それはぼくも感じました。自分が号令《コマンド》に抵抗しているのがわかった、というか」
「意識がない状態なら、預かり手だろうがその血縁だろうが、操れるかもね。んな悪趣味、やってみたことないけどさ」
「意外です」
「マジ?」
「ぼくなら、その実験、やってしまったんじゃないかな。相手の尊厳とかより、自分の好奇心のほうが大事なんです」
そして、全部が済んでから後悔するんだ。人でなしだ。マッドサイエンティストだ。こんなふうだから、ぼくは人と同じようになれないんだ。最低の人間だ。
「ダメですね。思ったことが、どうしても洩れてしまう。寝言とか、うるさかったんじゃないですか?」
「朝までは、おれじゃなくて瑠偉っちが、この部屋に寝てたんだよね。床に布団敷いてさ。もし瑠偉っちが何か聞いてたとしても、大丈夫じゃない? あの人、口堅いでしょ」
「そうですね」
相当、心配をかけたんだろう。瑠偉がぼくの部屋に泊まるなんて。
ぼくが他人に寝顔を見せたくないこと、プライベートな空間に入られるのを極端に嫌うことは、瑠偉もよく知っている。修学旅行では、ぼくは大部屋で一睡もできなかった。最終日、瑠偉が教師に掛け合って個室を用意してくれた。
「瑠偉っちは今、たぶん学校だよ。情報収集のために、途中でちょっと抜け出すとは言ってたけど。で、朝から今までは、おれがこの部屋にいた。海ちゃんの寝言に関しては、まあ、姉貴のことだけ、後で瑠偉っちに説明しといたがいいんじゃない?」
リアさんのこと?
「ヤバい発言、してました?」
「そりゃもうすっげー正直に、高校生男子の欲望を」
「うわ……」
「冗談だよ~」
「やめてくださいよ」
「海ちゃんって、姉貴のこと好き?」
【美人。キレイな人。強い。スタイルがいい。柔らかかった】
勝手にあふれる思念に蓋をするように、ぼくは両手で顔を覆った。
「嫌いではないです。でも、好きだとか。そう感じるほどの長い付き合いじゃないですし」
正直な気持ち、だと思う。ハッキリとはわからない。
「ま、好きって言われても嫌いって言われても、複雑だけど」
理仁くんが乾いた声で笑った。
「心配ですよね」
「当たり前じゃん」
「今すぐにでも、動けたらいいんですが」
「うん、無理なのはわかってる」
【無力感。苦しい。情報が足りない。戦うにも支障がある。怖い。情報がほしい。数字がほしい。自信がほしい】
胸の上で玄獣珠が鼓動している。今まで、未知の情報の集合体である玄獣珠に意識を凝らしてみることなんて、ろくになかった。預かりたくもないくらいに、解析不能な玄獣珠というものを、ぼくは疎ましく思っていた。
たぶん今、ぼくはどうしようもなく弱っている。玄獣珠を拒む元気もない。
だから、初めてわかった。玄獣珠のぬくもりから、ぼくをいたわる思念が静かに伝わってくる。言葉と呼べるほど明確なものではないけれど、優しさと呼んでいいような波動が、じわじわとぼくの胸を温めようとしている。
理仁くんが、また、乾いた笑いをこぼした。
「すげーよな、海ちゃんって。この視界の情報、全部使いこなしてんでしょ? 眼鏡型のPCが開発中とかいうけど、海ちゃんのチカラは、その超絶高性能バージョンじゃん」
「理仁くんのほうがすごいでしょう。こんな状況なのに、冷静ですよね」
「んなことなくて、ひと暴れしたんだよ」
「ひと暴れ?」
「昨日の晩、平井のおっちゃん相手にね。今すぐ姉貴を助けに行きたいっつって、暴れて泣いて疲れ果てて、や~っと落ち着きました。めっちゃみんなに見られたからね。今さらだけど、すげー恥ずかしい」
「リアさんが安全な場所でおとなしく待っているような人なら、こんなことにはならなかった。でも、リアさんがいなかったら、ぼくは混乱したまま、どうなっていたか」
場面ごとに場合分けして考えてみる。要所要所で、リアさんの機転に救われた。リアさんがいなければ、ぼくたちの行動はもたついたはずだ。
「度胸がよすぎて危なっかしいでしょ。昔から、あんな人なんだ。おれ、絶対にかなわないもんね」
「いくつ違うんですか?」
「八つ上で、二十五歳だよ。姉貴はさ、おれのチカラのストッパーだったの。おれがちっちゃいころ。だから、あの場面であんなことできたわけ」
「あんなことって? 体を張って、って意味ですか?」
「こら、そこ変な想像しない。ちっちゃいころって言ったろ?」
軽い口調で、理仁くんは語った。子どものころ、わがままが駄々洩れになることがあった、という話。
癇癪を起こして、大音量で泣きわめいてしまった。肉声とともに、まわりの人々の精神を傷付ける衝撃波が噴出した。抑えようにも、自分ではうまく制御できなかった。
そんなときに助けてくれるのが、リアさんだった。誰彼かまわず操ってしまうマインドコントロールの号令《コマンド》を止めてくれるのも、チカラの影響を受けないリアさんだった。
「姉貴も、まったく効果なしってわけじゃないらしいけどね」
「ああ、それはぼくも感じました。自分が号令《コマンド》に抵抗しているのがわかった、というか」
「意識がない状態なら、預かり手だろうがその血縁だろうが、操れるかもね。んな悪趣味、やってみたことないけどさ」
「意外です」
「マジ?」
「ぼくなら、その実験、やってしまったんじゃないかな。相手の尊厳とかより、自分の好奇心のほうが大事なんです」
そして、全部が済んでから後悔するんだ。人でなしだ。マッドサイエンティストだ。こんなふうだから、ぼくは人と同じようになれないんだ。最低の人間だ。