【誰か誰か助けて助けて怖い怖い怖い怖い聞くな止めたいイヤだイヤだ意識を失えばいいのかいっそのこと力尽きればいいのかイヤだ怖い怖い怖いどうすればいい誰か止めてほしいダメだ解決できない声を聞かないで思考をのぞかないで止まらない止めたいイヤだチカラを返してぼくのチカラを返して情報が足りない見えないこれはほしくないぼくの声を聞かないで勝手に流れ出る助けて制御できないできないできないできない不可能は怖い未知は怖い情報がほしい怖い怖い!!!!!】
 あまりの恐怖に喉が干からびて、肉声を出すことができない。なのに、思念の声だけが凄まじい悲鳴を上げ続ける。
 自分の体が自分のものじゃないみたいで、それが怖くて仕方ない。
「海牙くん!」
 肩をつかまれて、揺さぶられた。いつの間にか頭を抱えてしゃがみ込んでいたぼくを、正面から見つめる人。
【リアさんダメだ聞かないでイヤだ触れないでリアさんの手が肩に触れているダメだ無理だ怖い怖い怖い助けて声を聞かないで助けて怖い助けて見つめないで見ないで助けて触れないで触れたい触れたいぼくは壊れそうだ怖い怖い怖いぼくの醜い感情があふれてくるキレイな人だ聞かないでさわりたい聞かないでリアさんリアさん助けて離れてぼくを見てイヤださわりたい怖い肩に触れているダメだもっと触れてほしいダメだ聞かれたくない聞いてイヤだ助けて離れて助けて!!!!!】
 リアさんがぼくの手を取る。髪を撫でる。
「海牙くん、落ち着いて。大丈夫だから」
 ダメだ。
 ぼくはこんなに混乱しているのに、近付いちゃダメだ。
 ひどく素っ気なくシンプルな視界の真ん中にリアさんがいる。
 体が動かない。頭がおかしくなる。
【離れて離れて離れて感情が暴れるさわりたい今はそれどころじゃない触れたい触れたい近くにいたい離れていい匂いがするダメだもっと近くに来て考えちゃダメだおっぱいリアさん触れたいリアさん離れて離れて離れておっぱいぼくは失望されたくない触れたい近くに来ないでキレイな人さわりたい聞かないで唇が近いダメだぼくに触れて聞かないでぼくだけを見て聞かないで触れたいダメだもっともっともっとダメだ触れたいダメだ助けてダメだダメだ離れて離れて離れて!!!!!】
 リアさんが左手でぼくの右頬に触れた。
 ダメだと言っているのに。
 リアさんの右手が、ぼくの右手をつかんでいる。ぐいっと引かれた。
「やめてくださ……っ!」
 ぼくの右手がリアさんの胸に押し当てられた。
 ごく薄い生地のブラウス越しに、下着の上から。それでも、とても柔らかい。手のひらいっぱいに重みを感じる。
 ぼくの体には備わっていない、想像もつかなかった柔らかな感触。
【柔らかいさわってしまったやりたいもっともっと柔らかいすごいおっぱい興奮するもっとさわりたいおっぱいすごいすごいおっぱい気持ちいいしたいさわりたいおっぱい手ざわりが最高だやりたいもっともっともっともっとさわりたい押し倒したい触れたいほしいほしいほしいしたいおっぱい柔らかいやりたいもっとおっぱいたくさん知りたい見たいさわりたいさわりたいやりたい犯したい柔らかい見たい襲いたいやりたいもっともっともっともっともっともっ……】
 ぼくは絶叫した。
「聞くなぁぁあぁああああっ!!」




 声が、止まった。





 静寂。






 わかった。壁の作り方がわかった。


 思念を外に逃がさないための壁。声を聞かれないための術。


 そうか。

 こんなふうにしないと、人は無防備で、何もかも聞かせてしまうのか。思念のすべてを聞かれてしまうのか。

 自制って、できているようで、できていない。思念も感情も欲望も、少し特殊な環境下では簡単に流出する。
「ごめんなさい……」
 誰に何を謝っているのか。朦朧《もうろう》とする意識の中で、ぼくはつぶやいた。
 チカラを使いすぎた。体力が底を突いた。体勢を保っていられずに倒れ込んだら、リアさんに抱き止められた。ゆっくりと床に降ろされる。
【リアさん……柔らかい、あったかい……】
 また少し思念が洩れてしまった。
 煥くんが無理やり立ち上がるのが見えた。鈴蘭さんがぼくのそばに這ってきた。
「外傷はない、ですよね? すみません、わたし、疲労は治せないから」
 理仁くんが立とうとして、ふらつく。目を覆って呻いている。
 祥之助がブザーを鳴らした。室内の黒服は動けずにいる。どこからともなく、別の黒服が現れる。数えられない。この程度の数を情報として処理するのに時間が必要だなんて。
 ぼくは立ち上がれない。意識が遠のきかけている。
 鈴蘭さんが、あっ、と声を上げた。
「何、これ? 青獣珠なの? 守ってくれるの?」
 ぼくにもわかる。胸元にある、自分のものではない鼓動がハッキリと聞こえる。
【玄獣珠が、温かい】
 四つの意志が働いた。思念を交わすのが感じられた。
 ――人間への積極的な干渉は、よろしくない。
 ――だが、致し方あるまい。
 ――黄帝珠を野放しにはできぬゆえ。
 ――因果の天秤に、均衡を。
 チカラに包まれた。異物を排除する、自分だけの空間だ。四獣珠がみずからチカラを発揮しているんだと、ぼくは直感的に理解する。
 煥くんがあせった声を上げた。
「余計なことするな、白獣珠! オレは平気だから、自由に動かせてくれ! じゃなきゃ、リアさんが危険だ!」
 リアさんには、そうだ、四獣珠の守りがない。
 ぼくは必死で目を開いた。
 うっすらとした黒い膜が卵の殻のようにぼくを包んでいる。半透明な向こう側で、動けない理仁くんも、白獣珠を握りしめた煥くんも、立ち尽くした鈴蘭さんも、それぞれ膜の中に閉じ込められている。
 祥之助が命じた。
「その女を人質にしろ!」
 やめろ。彼女に触れるな。
 黒服の男たちがリアさんに殺到する。リアさんが抵抗して、最初の二人を蹴り飛ばす。数にはかなわない。たちまち腕をとらえられて、自由を奪われる。
【リアさん、リアさん……!】
 煥くんが自分の膜を破って飛び出した。リアさんをとらえる黒服の群れに突っ込む。体の動きがぎこちない。きっと、ぼくの声のせいだ。強烈な精神攻撃を受けたせい。
 警棒が煥くんの肩を打った。ガクリと体勢を崩した煥くんに、スタンガンが突き付けられる。
「うぁ……ッ!」
 煥くんが気を失った。鈴蘭さんが悲鳴を上げる。
 リアさんの気丈な声が煥くんを呼んだ。それが途中で途切れる。スタンガンを当てられたリアさんがビクリと硬直する。弓なりに反った体が、くずおれた。
「姉貴」
 理仁くんが悲痛につぶやく。
 煥くんに駆け寄った鈴蘭さんが、警棒を突き付けられて目を閉じる。振り下ろされる警棒。青獣珠の守りがそれを弾き飛ばす。
 リアさんが連れ去られていく。理仁くんが追い掛けようとしてつまずく。
「姉貴ッ!」
 チカラを失った声は、リアさんに届かない。
 祥之助と黄帝珠の哄笑が重なり合って響いている。
 ぼくは起き上がることすらできない。
【無力で、ごめんなさい……】
 そして意識を失った。