SOU‐ZUIは、国内外のブランドのセレクトショップが入ったお高いファッションビルだ。エレベータの脇に掲げられたパネルに、ショップ一覧がある。
「そうそうたる顔ぶれね」
 リアさんが呆れたように言った。煥くんが首をかしげている。ぼく以上にファッションの知識に疎いらしい。
 鈴蘭さんが不満げな声を上げた。
「煥先輩は絶対にどんな服でも似合うのに、もったいないです」
 黒いライダースーツ姿の煥くんは、鈴蘭さんを無視して、ぼくに視線を向けた。
「あんたの能力のこと、理仁から聞いた。筋力がすごいわけじゃないんだな。視覚だけ?」
「能力があるのは、視覚だけです。筋力は、スポーツをしてる一般的な高校生レベルですね」
 呼んでおいたエレベータが地下に至って、ドアが開いた。一応警戒していたけれど、無人だ。防犯カメラ以外も特別な仕掛けがないことをぼくがチェックした後、全員で乗り込んだ。最上階を目指す。
 煥くんがドアからいちばん近い位置に立った。
「たいした筋力もねぇくせに、あんな無茶なスピード出すのかよ? 疲れてんだろ。ただのケンカなら、オレが動ける。あんたは温存してろ」
 煥くんにはバレている。待つように言われて、ぼくが素直に待っていた最大の理由。それは、疲れてしまったからだ。
「お気遣い、ありがとう。煥くんはイケメンですね」
 エレベータが最上階に近付く。上昇スピードが緩む。止まる。
【レーダーしてみる】
 理仁くんの特殊な声が発せられた。
 ドアが開くまで、あと二秒。
【いるゎ。五人ほど】
 レーダーという表現から推測するに、理仁くんには、思念の声の反射から対象物の位置がわかるんだろう。
 煥くんが両手を正面に掲げた。手のひらの前の空間が白く発光する。ぼくには読み解けない、光と呼ぶことに抵抗のある、猛烈に膨大なエネルギーを持つ白色が、輝く。
 ドアが開いた。銃を構えた黒服が五人。
 白い光が、一辺の長さ約1,000mmの正六角形に展開する。
 銃が火を噴く。光の正六角形に着弾する。ジュッと音がして、五発の弾が焼き切れる。
「これが煥くんのチカラですか?」
「障壁《ガード》だ。今の、実弾じゃなかったな」
 リアさんが銃を指差した。
「あの形、麻酔銃ね。理仁、やっちゃって」
 あいよ~、と理仁くんはお気楽な返事をした。その全身から気迫が噴き上がる。
【銃を捨てて、そこどいてね~。痛い目には遭いたくないっしょ?】
 ゆるゆるとした口調に、ビリビリと肌を刺すほどのチカラがこもっている。理仁くんの両眼が朱くきらめいた。
 号令《コマンド》に打たれて、五人の黒服が麻酔銃を捨てた。煥くんが白い光の正六角形を消す。
 ぼくはザッと、あたりじゅうに視線を走らせる。この最上階は、下の階とは造りが違う。半分が屋内のカフェレストラン、もう半分が庭園風のテラスになっている。エレベータホールはテラスに面していた。
「トラップはないようです」
 ぼくの言葉に、リアさんがクスッと笑った。声を大きくして言い放つ。
「ここは、大人のデートスポットとして有名なカフェレストラン、TOPAZよ。派手なケンカをして営業停止だなんて、ねえ、まともな経営者がそんなことするはずないわ」
 わざと大声で言ったのは、牽制だ。この人、本当に度胸がある。
 ピアノの音色に気が付いた。月光、と鈴蘭さんがつぶやいた。ピアノはTOPAZから聞こえてくる。
 TOPAZは、まぶしいほどの明かりがともされていた。煥くんを先頭に、ぼくたちは店内に入った。
 ゴージャスな内装、とだけ言っておこう。シャンデリアや燭台が、やたらキラキラしている。金メッキで、中身はアルミニウムだ。ヨーロッパの宮廷風なんだろうが、ぼくには何時代のどこの国の雰囲気なのか、まったくわからない。
 理仁くんがボソッとつぶやいた。
「成金趣味ってか、センスわりー。宝珠に魅入られると、似たようなセンスになんのかね?」
 誰との比較だろう?