小さな手のひらから青い光が染み出した。光は、ぷくりと腫れた真っ赤な引っ掻き傷の上に広がって、白い肌をほのかに照らす。
 それが鈴蘭さんのチカラだ。鈴蘭さんは手のひらから癒しの光を出して、リアさんの傷を治療した。
 ぼくはその情景から目を背けて、ローラースケートを装着した。青い光は、解析できない情報の集合体だ。見ていて気持ちのいいものじゃない。
 鈴蘭さんの泣き出しそうな声が聞こえた。
「治せるのはここまでです。もう痛みが消えてしまった古い傷は、わたしには……」
 ぼくは顔を上げた。リアさんがジャケットを着込む直前、腕に幾条もの白い傷跡が走っているのを見てしまった。
 その一連の出来事は、数十秒の間に起こった。祥之助の乗った車が駅前の交差点の信号待ちを抜けるまでの、わずかな一幕だった。
 ぼくは車を追って滑り出した。
 祥之助の車は大通りを走った。尾行に気付かれてはいないだろう。でも、何らかの方法による追跡があることは、祥之助も想定しているはずだ。
 大通りはおおよそ線路と並走している。祥之助の車を追い掛けるうち、見慣れた景色の中へと至った。大都高校のそばだ。祥之助の車は繁華街へ向かっている。
 追跡の途中、リアさんから、トークにメッセージが入った。
〈位置情報を送信して。海牙くんの現在地を表示した地図のスクショでもいい。もしも向こうと接触したら、通話状態を保持すること〉
 機転の利く人だ。
 実は、ぼくは方向音痴というやつらしい。特に碁盤の目状の街並みや地下街が苦手で、まちなかではよく迷う。
 ぼくは信号待ちや曲がり角のたびに自分の位置情報をマップ上に表示して、スクリーンショットを撮った。それらをそのまま送信する。リアさんのスマホを道案内に、みんな動き出しているんだろうか。
 やがて、祥之助の乗った車は、あるビルの地下駐車場に入っていった。ぼくもそのエンジン音にまぎれて、ローラースケートで駐車場に侵入する。本日の営業を終えたビルの駐車場は、ガランとしていた。
 駐車場で車を降りた祥之助は、護衛を伴ってエレベータに乗り込んだ。まっすぐ最上階に向かったのを確認して、ぼくはリアさんに連絡する。
〈最終目的地、ファッションビルのSOU‐ZUIです。祥之助は最上階のカフェレストランTOPAZに行きました〉
 十五秒で返信が来た。
〈五分以内に着ける。合流するまで待ってて〉
 了解しました、と返信する。
 待っている間に、瑠偉に連絡した。文天堂祥之助に関して、わかることを全部まとめてほしい。魂《コン》を抜かれた動物や人間の情報も集めてほしい。そんな内容を送る。瑠偉からも、すぐに了解の返事が来た。
 五分以内と言ったリアさんは正確だった。四分ほどで、バイクが三台、ビルの前に到着した。
 先頭を走ってきたリアさんの姿に、ぼくは思わず目を惹き付けられた。
 ピッタリとラインの出るレザーパンツだ。細すぎず、ほどよい筋肉の形が見て取れる脚線美。颯爽とバイクを降りると、ヒップラインの丸みがレザーの光沢によって強調される。さっきまでスカートだったと思うけれど、バイクに合わせて穿き替えたんだろう。
 リアさんはフルフェイスヘルメットを外した。
「お待たせ」
「いえ。リアさんも来られたんですね」
「当然でしょ。チカラを持っているとはいえ、きみたちは高校生よ。きみたちに全部を任せて自分だけぬくぬくと安全なところへ避難するなんて、わたしにはできない。さよ子ちゃんには、おうちのかたとの連絡役をお願いしたわ」
 理仁《りひと》くんもリアさんと同じ型のバイクだ。煥《あきら》くんのバイクは、長江姉弟のものよりずいぶん大きい。後ろに鈴蘭さんを乗せていた。
 ぼくは煥くんのバイクに感嘆した。
「すごいですね。こんな大きなバイクを乗り回す高校生って、本当にいるんだ。進学校ではお目に掛かれませんよ。自転車にも乗れない人がいるくらいなんですから」
「進学校じゃなくても、バイクに乗る高校生はめったにいねぇよ。オレも、この大型にはまだ乗れる年齢じゃないし」
 鈴蘭さんがヘルメットを取りながら、悲鳴のような声を上げた。
「じゃあ、煥先輩、今の運転は無免許だったんですか?」
「誰にも言うなよ」
「い、言えません! もうっ、危ないことしないでください!」