祥之助が黄金色に触れた。黄金色がうなずいた、ように見えた。
 その瞬間、チカラが、祥之助を起点として竜巻のように吹き荒れる。
 ふらふらとあてどなく歩く人々が動きを止めた。方向転換。そして、軋《きし》む音を鳴らしそうな足取りで、そのくせ妙に素早い歩調で、一斉にこっちへ向かってくる。
 生気のない、顔、顔、顔。
 瞳孔が拡散した目。締まりのない口から、よだれが糸を引いている。
 下着同然の姿の人々は、露出した皮膚にあちこち傷を作っている。その痛みも感じていない様子の無表情。足を引きずっては段差につまずいて転んで、ますますボロボロになった姿で平然と立ち上がる。また歩いてくる。
 ゾッとして、ぼくは体がこわばった。
 機敏に動いたのは、チカラを持つぼくたちではなかった。
 長い髪がひるがえる。
 白いジャケットを脱いだリアさんが進み出た。半裸の女の子にジャケットを着せかけて、祥之助を見据える。
「この子たちをもとに戻しなさい」
 鈴蘭さんも、ひるむことなく声を上げた。
「そうです、今すぐもとに戻してください! あなた、何がやりたいの? 四獣珠に用があるなら、どうして直接わたしたちに話し掛けないの? 宝珠のチカラを手にしたからって、好き放題やるのはおかしいでしょう!」
 祥之助の頬がピクリとした。ふっと、表情が消える。瞳の異様な輝きが失せて、あどけなく無防備な表情になる。
 黄金色の宝珠の破片が激しくまたたいた。
【祥之助】
 ざらざらと低い声が呼んだ途端、祥之助の顔に傲慢で狂気的な笑みが戻る。
「身の程知らずめ。ボクに指図するな。おまえらも同じ目に遭わせてやるよ。女たちをとらえろ」
 祥之助が命じると、放心状態の人々の群れがまた軋むような動きで、向かう方角を変える。
 リアさんのジャケットを着た女の子が、勢いよく腕を振った。ぼくはとっさに飛び出して、リアさんを引き寄せる。
 少し遅かった。七分袖のシャツからのぞく腕に、三筋の傷が平行に走っている。
「大丈夫ですか?」
「大したことない」
 小さな悲鳴が聞こえた。鈴蘭さんが三人に囲まれている。が、その恐怖も一瞬。
「危ねぇんだよ、バカ」
 煥くんが鈴蘭さんを小脇に抱えて救出した。理仁くんがニヤッとする。
「あっきー、そこはお姫さま抱っこすべき」
「ふざけんな」
 理仁くんの目が朱《あか》く輝く。
【じゃ、本気出そうかな!】
 空気が張り詰めた。音ではない声、チカラを込めた号令《コマンド》の波動が、理仁くんを中心に、爆発的な勢いで広がる。
【全員、そこから動くなッ!】
 ぼくの体も、わずかながら鈍くなった。酸素濃度が下がったかのような、何らかの違和感を覚える。
 理仁くんの号令《コマンド》によって、北口広場にいるほぼ全員が一切、動けない。祥之助に命じられた人々も動きを止めた。
 動けるのは、能力者のぼくたちと祥之助、リアさん、さよ子さん。そして、離れた位置にいる文徳くんが声を上げる。
「煥、理仁! どうなってるんだ!」
 駆け寄ってこようとする彼を、煥くんが止めた。
「兄貴はそこにいろ!」
「わ、わかった」
 理仁くんがチカラを発動させたまま、テレパシーを響かせた。
【その金ピカより、おれのチカラのほうが上位みたいね。しかし、祥之助っていったっけ? きみ、本当は能力者じゃないっぽいけど、何でおれの号令《コマンド》を受け付けないのかな~?】
「ボクには特別な宝珠が付いている。これしきのマインドコントロール、受けるはずがない」
【これしきとか言っちゃう? おれのチカラのが強いって言ったばっかなんだけど?】
「今、ボクらが操っている者たちの中に魂《コン》はない。動いていられるのは、肉体に属する魄《ハク》があるからだ」
【精神の魂《コン》と肉体の魄《ハク》、か。中国系の『たましい』の概念だっけ? で、それがどした?】
「おまえは今、こいつらの魄《ハク》にのみ影響している。ここで、ボクらが魂《コン》を解放しよう。そうすると、どうなるか?」
 祥之助が言葉を放った瞬間、黄金色が激しく光った。その内側にため込んでいたものを、一気に弾き出したんだ。
 物理学的にあり得ない光景だった。でも、確かにぼくは見た。
 十六人の魂《コン》というのが、それだったんだろう。十六個の光る球体が、それぞれ帰るべき場所へと一直線に飛んだ。球体は宿主の肉体にぶつかると、中へ消えた。
「う、ぁっ……クソ、重い」
 理仁くんが頭を押さえてうずくまった。
 負荷が一気にかかったんだ。理仁くんは対象の数量に合わせて、チカラの出量を調整していた。そこに十六人ぶんの魂《コン》が加わって、バランスが崩れた。
【無理……!】
 うめくように告げて、理仁くんがガクリと倒れた。リアさんが駆け寄る。
「理仁!」
 悲鳴が、そこここで上がった。魂《コン》を返された人々が、糸の切れた操り人形みたいに倒れている。北口広場は騒然とした。
 祥之助が哄笑した。
「ボクらのチカラのほうが上位だったな。四獣珠の預かり手諸君、どうだろう? 一度、ボクらと話をしてみないか?」
 ぼくと煥くんの声が完全に重なった。
「断る、と言ったら?」
 祥之助はきびすを返した。
「話すように仕向けるだけさ。それとも、話し合いなしで、ボクらの要求に従うか?」
 祥之助は立ち止まらず、振り返りもしない。黄金色の宝珠とともに、車に乗り込む。ドアが閉まる。車が発進する。
 車を追って駆け出そうとした煥くんを、ぼくが止めた。
「ぼくが行きます。車を追跡する程度なら、朝飯前です」
「チカラを使うつもりか?」
「使うまでもないですね。足、速いんですよ」
 ぼくはスポーツバッグからローラースケートを出して、ニッコリしてみせた。