煥くんは怪訝《けげん》そうに眉をひそめ、問いを重ねようとした。そこでハッと身構える。ぼくも同じ瞬間に、視界の端に異常をとらえた。
 いつの間にそこにいたのか。
 今朝、正門前のロータリーで見た高級車が止まっていた。それを目印にするように、ぞろぞろと集まってくる姿がある。十六人。全員、同世代だろう。
 それが訓練された戦闘集団なら、ぼくが脅威を覚えることもなかった。そういう職業の人々なら、KHANの屋敷で見慣れている。ぼく自身が彼らのトレーニングに加わることもある。
 そこにいる人々は、間違いなく生きて自立歩行しているのに、生きているように見えなかった。生気も正気も吹き飛んだ、空っぽの表情。まともに動けるはずのない呼吸と脈拍と体温の数値。
「酔っ払ってんのか?」
 煥くんのつぶやきを、理仁くんが否定した。
「違うね。一種のマインドコントロールだ。でも、ただ操ってるのとも違いそう。何だあれ?」
 彼らは夢遊病めいた足取りで、こっちへ向けて歩き出した。男も女も、おおかたが裸足だ。自分の姿に頓着《とんちゃく》できない状態なのか、下着のような格好の人もいる。
 異常な光景だった。駅前に居合わせた人々は、言葉を呑んで立ち尽くしている。
 車から男が降りた。両眼が爛々《らんらん》とした黄金色に輝いている。黄金色の光のようなものが、宙に浮いて彼のそばにたゆたっている。
 ぼくの心臓の鼓動が騒いだ。玄獣珠がざわついているせいだ。ほかの三つの宝珠の気配が濃くなったのも、あの光のようなものの毒気に当てられたためだろう。
「文天堂祥之助」
 ぼくがつぶやくと、さよ子さんが目を真ん丸にした。
「あのイケメン、海牙さんの知り合いなんですか?」
「大都高校二年生の成績優秀な御曹司ですよ」
「イケメンだけど、ちょっと性格悪そうですねー」
「ぼくとベクトルは違いますが、絶対値でくくって比べても、ぼくよりあっちのほうがひどいと思います」
「それは相当ですね!」
「さよ子さん、とにかく下がっててください」
 ギラギラとした黄金色の光のようなものが不快だ。玄獣珠が熱いほどに脈打って、警告している。
 あれは、よくないものだ。あれを許してはいけない。預かり手よ、取り戻せ。因果の天秤に、均衡を。
「因果の天秤?」
 ぼくの問い掛けに、うなずく気配があった。玄獣珠と、ほかの三つの宝珠と、宝珠の声を早くから聞いていたらしい理仁くん。
 黄金色は四つあるように見えた。祥之助が近付くにつれて、それらの形がわかった。光に揺らめきながら宙に浮いたそれらは、直径70mm程度の球体を四つに割った破片だ。
 異様な放心状態の人々は、バラバラの方向へ歩き出した。近寄られた人は、触れられるのを恐れるように、後ずさって逃げる。ホラーゲームの世界にでも迷い込んだみたいだ。
 鈴蘭さんは青獣珠をかばうように胸に手を当てた。
「あの人たち、何なの?」
「こっちの市では問題になってませんか?」
「初めて見ました」
「大都高校のあたりでは最近、ああいうのがけっこういるんですよ。犬や猫に始まって、ここ数日で人間も」
 まっすぐこっちに向かってきた祥之助が、立ち止まった。ぼくたちとの距離は、およそ五メートル。一歩で踏み込むには少し遠い。
 祥之助の両眼にともる黄金色と、その頭のそばにただよう宝珠の破片が、祥之助の華やかな顔立ちを照らしている。
「こんばんは、四獣珠の預かり手の諸君。ボクは文天堂祥之助。四獣珠より上位の宝珠を預かる身だ」
 祥之助の言葉を受けて、黄金色が強く明滅した。今は四つに割れた姿をしている。かつては球形だったはずだと想像して、ゾクリとした。うまく言えないけれど、直感的に。
 完全体の黄金色を再現してはならない。
 ぼくの感じた不吉さを、理仁くんが言葉にした。
「四獣珠の上位って、その金ピカの浮いてるやつ? 何か、そいつ、ヤバいやつじゃねーの? きみ、取り憑かれてない?」
「ボクは正気だ」
「はい出た。頭おかしいやつは必ず、自分は正気って言うんだよ」
「勝手にほざいてろ」
「きみ、一気にこんだけ大勢の精神に働き掛けて何がしたいわけ? 個別に操らなきゃ細かい指示は出せないから、使いにくいでしょ? いや、人間くんのほうじゃなくて、そっちの金ピカに訊くのがいい?」