例のロックバンドは、瑪都流《バァトル》という。襄陽学園の三年生三人と二年生二人の五人組だ。
 さよ子さんから連絡が来て、瑪都流のサイトのアドレスを教えられた。ライヴまでに予習をしておくように、と。
 瑪都流は、オルタナティヴロックというジャンルに分類されるバンドらしい。オルタナは、セールス重視のメジャー音楽とは違う、「ロック好きによるロック」だそうだ。
 サイトにアップされていた歌詞に、思いがけず惹かれた。
 青くさい、かもしれない。日本語として文章の技巧が優れているわけでもない。ただ、自分にも聴き手にも嘘をつきたくないという不器用なほどの一途さが感じられて、悪くないなと思った。
 十九時ちょうどに玉宮駅の北口広場に到着した。さよ子さんに、いきなり苦情をぶつけられる。
「十分前行動! 女の子との待ち合わせは、早めに着いておくべきです!」
「迷ったんです。すみませんでした」
「誠意のこもってない謝罪、ひどい!」
 でしょうね。こめてませんから。
 キャンキャン吠え続けるさよ子さんの小言を聞き流して、ぼくは、さよ子さんの隣に立つ人を注視した。
 色白で小柄な女の子だ。長い黒髪に、目の形は典型的なラウンド・アイ。白目に対して青い虹彩が大きい、いわゆる「つぶらな目」の美少女だ。
 でも、問題は顔立ちじゃない。彼女の胸元にチカラを感じる。異次元的で計測不能なエネルギー。無機物でありながら、鼓動に似たリズムで、光のようなものが収縮する。
 あれは間違いない。
 ぼくの胸の上で、玄獣珠が静かに鼓動を速めている。
 と、次の瞬間。
 さよ子さんの猫パンチが飛んできて、ぼくはのけぞった。
「海牙さん、どこ見てるんですか! いくら鈴蘭が巨乳だからって、まじまじと観察しないでください!」
 なんて無礼な勘違いだ。推定825mm・Eカップの胸を観察していたわけじゃない。サイズをチラッと計測しただけだ。
「鈴蘭さん、とおっしゃるんですか? 不思議なペンダントを付けているんですね。チカラを持った青い石。そうでしょう?」
 ぼくは小声の早口で言った。駅前広場の雑踏の中、声はぼくたち三人にしか聞こえないはずだ。
 さよ子さんが勢いよく鈴蘭さんを振り返った。
「もしかして、鈴蘭も超能力が使える人だったの?」
 鈴蘭さんの青い目がうろうろとさまよう。
「あの、超能力っていうか、えっと……」
「ゴメン、いきなりな言い方しちゃった。鈴蘭、警戒しなくていいよ。うちのパパもそうだし、この海牙さんもそうだから」
「え……ほんと?」
「うん、ほんと。だから、わたしの前では隠し事をしなくて大丈夫。わたし、バラさないし、パパに頼んで鈴蘭を護衛してもらうこともできる」
 鈴蘭さんはうなずいて、短くギュッと、さよ子さんに抱き着いた。そして、ぼくを見上げて言った。
「あなたも四獣珠の預かり手ですよね?」
 この人はどんなチカラを持っているんだろうか。見たところ、鈴蘭さんの身体能力は一般的な文科系の女の子だ。筋力の乏しさは、さよ子さんといい勝負。
 ぼくは笑顔を作った。
「阿里海牙といいます。玄獣珠の預かり手です」
「青龍の安豊寺鈴蘭《あんぽうじ・すずらん》です。あの、瑪都流のライヴは、事情がわかっていて来られたんですか?」
「事情?」
「あ、ご存じないんだ。すぐわかると思いますけど、瑪都流のヴォーカルの……」
 会話はそこまでだった。
 瑪都流のスタンバイが完了したらしい。簡潔なMCが入って、ギターとベースが短いフレーズで掛け合いをして、ヴォーカリストがフロントマイクの前に立つ。
 その途端、止める隙もない猛烈な勢いで、さよ子さんと鈴蘭さんが駆け出した。
「ライヴ始まるーっ! 煥《あきら》センパーイ!」
「寧々《ねね》ちゃん、場所取りありがとーっ!」
 重要な情報を話そうとしていたんじゃないのか? 四獣珠の問題よりも、インディーズの高校生バンドのほうが重要?