義兄の結婚式と披露宴が終わった。披露宴は会費制の食事会だ。いろんな人と再会できて、楽しかった。
 食事会がお開きになって、少しバタバタして、気が付いたら夫と息子の姿がない。会場を探し回って、ようやく見付けた。広大な庭に面したテラスに、銀色の髪。
「ここにいたの?」
 ああ、と煥《あきら》さんがうなずく。
「師央《しおう》が外に出たがってたから」
 息子の師央がわたしを見上げて、ニコッと笑った。「魔の二歳児」なんて世間では言うけれど、この子は本当に聞き分けがいい。たまに無理がたたって熱を出す。そのたびにわたしはへこんでしまう。無理をさせるママで、ごめんね。
 煥さんのスーツ姿は本当に久しぶりだ。いつも無造作な髪も、今日はちゃんとセットされている。わたしはついつい見つめてしまった。
「言いたいことでもあるのか?」
「カッコいいなって思って」
「別に。鈴蘭こそ」
「え?」
「キレイだ」
「あ、ありがと」
 ナチュラルに爆弾発言。照れ屋のくせにストレート。入籍して三年になるけれど、いまだに振り回される。
 師央が満面の笑みで、わたしのスカートをつかんだ。
「ママ、かわいいからすき」
「ありがとう」
「あのね、パパがいってた。かわいいからすき。しおも、ママすきだよ。かわいいからすき」
 わたしはしゃがんで、師央のサラサラの栗色の髪を撫でた。師央も、今日はちゃんと正装している。蝶ネクタイの燕尾服。小さな紳士は、みんなに大人気だった。師央も笑顔を保ってくれて、結婚式から披露宴まで長い時間、いい子だった。
 遠くから、おしゃべりの声が聞こえる。文徳《ふみのり》先輩と亜美先輩を祝う声。高校時代の仲間とお酒を飲んで、みんな楽しそうだった。それぞれの道に進んでも、あまり変わってなかった。
「案外、そのままだったな」
「わたしも今、同じことを考えてた。煥さんがいちばん変わったかもね」
「そうか?」
 ほら、否定しないのが変わった証拠。昔は「そんなわけあるかよ」だったでしょ?
 付き合い始めたのはわりと早くて、わたしが高校一年のころだった。三度目の告白で、煥さんはうなずいてくれた。
 でも、本当にオレでいいのかと、信じられないって顔で何度も訊かれた。わたしは、しまいには怒ってしまった。この人は今までのわたしの告白を何だと思っていたの?
 ついに付き合うことになったと報告すると、長江先輩は煥さんにしつこく質問した。
「鈴蘭ちゃんを選んだ決め手は?」
 それはわたしも知りたかった。煥さんはわたしのどこを好きになってくれたの?
 煥さんの答えは若干、的外れだった。さんざん真っ赤になって逃げ回った挙句の一言。
「選んだわけじゃねぇよ。ほかの誰かと比べたわけじゃなくて、オレの前には最初から鈴蘭しかいなかった」
 唯一の存在だと言ってもらって、もちろん嬉しかったけれど、危なっかしいとも思った。危機管理が甘すぎる。女の子からのアプローチにここまで鈍いだなんて。煥さんを巡るライバルは、さよ子を始め、ほかにもたくさんいたというのに。
 長江先輩は、今は小さな会社の経営者だ。文徳先輩も同じく。二人で協力して、大学時代に起業した。
「起業の理由? 文徳と一緒ならおもしろそうって思ったから。おれ自身のためでもあるしね。襄陽を乗っ取るための資金集めだよ。近い将来、理事長の座はおれがいただくからね~」
 長江先輩らしい軽い口調だったけれど、本気の目をしていた。
 らしいといえば、海牙さんも。
 海牙さんは最近、世界的な科学雑誌に論文が掲載されたんだって。まだ大学院の一年目なのに。世界で最も若くてカッコいい物理学者っていう見出しで、ニュースになっていた。
 庭の大きな木に、リスが姿を現した。師央が珍しがって、リスに駆け寄る。わたしは立ち上がって、師央の後ろ姿を見つめた。
 煥さんが、緩めていたネクタイを締め直した。
「兄貴、幸せそうだったな。柄にもなく緊張したらしくて、動きが固かったが」
「亜美先輩はすごくキレイだったね。でも、明日には髪を切るって。長い髪も似合うのに、もったいない。あ、ブーケのデザインがかわいかったの。寧々ちゃんがキャッチしたんだよね。写真、撮らせてもらっちゃった。それにね……」
 わたしは言葉を呑み込んだ。言いすぎてしまいそう。うらやましいって気持ちは、胸の奥に隠したい。