クラスの子たちが集まってくる。小夜子のキャラが話しやすいってわかったからかな。でも、小夜子はわたしに関心があるみたい。
「さっきの着メロ、瑪都流でしょ! 鈴蘭も瑪都流のファンなの? というか、この学校、瑪都流ファン多い?」
「わりといるんじゃないかな」
噂をすれば影って、たまに本当に実現する。
「ちょっと失礼。鈴蘭さんはいるかな?」
人前で話すことに慣れた、堂々とした声がした。わたしとさよ子を取り囲む人垣が割れる。
文徳先輩がドアのところで片手を挙げた。もう片方の手に煥先輩をつかんでいる。長江先輩も一緒だ。
さよ子がパッと顔を輝かせた。その逆に、煥先輩と長江先輩が顔を引きつらせた。わたしもあんな顔したんだろうな。
「やだもうこれ奇跡!」
「さ、さよ子?」
さよ子が、抱き付いちゃうんじゃないかって勢いで、煥先輩のほうへ飛んでいった。
「瑪都流の煥さんですよねっ?」
「あ、ああ……」
「わたし、瑪都流のファンなんです! 特に煥さんの歌の大ファンです! 平井さよ子といいますっ。高一で、十五歳で、えっと……か、彼氏はいませんっ。一人もいないです、いたことないです!」
ヒュウ、と誰かが口笛を吹いた。
煥先輩が後ずさる。でも、文徳先輩に腕をつかまれて、逃げられない。何も知らない文徳先輩はニヤッとした。
「最近ずいぶんモテるな、煥」
「だ、黙れ、兄貴」
さよ子の勢いが止まらない。キラキラの星とか花とか背負っている。
「駅前でのライヴ、ステキでした! 煥さんの声、一瞬で好きになりました。煥さんの姿にも、一瞬で惹かれました。もう、カッコよすぎます! 大好きです!」
言うだけ言って、ハッとして、真っ赤になったさよ子が逃げ帰ってくる。
「きゃぁぁぁ、勢い余りすぎたよぉぉぉ!」
大事故。盛大すぎる大事故。教室のみんなが聞いていた。
煥先輩が呆然としている。目の前にさよ子が現れただけでもショックがあるのに、一昨日はわたしで今日がさよ子と、立て続けに、派手な噂が立つ事態に陥っちゃって。
長江先輩がわたしを手招きした。
「鈴蘭ちゃん、あれ、何?」
「平井さんの娘さんだそうです」
「はぁぁっ? やってくれるよ、平井のおっちゃんも。さっき突然、電話してきてさ~、鈴蘭ちゃんのクラスにあっきー連れてけ、って言われたわけ」
「長江先輩のところにも電話があったんですね。平井さんのチカラでこの一枝にさよ子の存在を割り込ませた、ってことですよね?」
「たぶんね」
わたしたちだけが知るさよ子の来歴を、書き換えられたこの一枝の上では、さよ子自身も知らない。そういうことなんだと思う。
「鈴蘭~っ!」
追い掛けてきたさよ子に抱き付かれた。煥先輩がさり気なく、可能な限り遠くに離れた。
わたしはさよ子の頭を撫でた。さよ子の耳に口を寄せて、内緒話をする。
「あのね、さよ子。すぐバレると思うから言っておくけど、わたしも煥先輩のこと好きなの」
さよ子がパッと顔を上げる。
「一緒に頑張ろう! 同志がいるって、心強い! 今度のライヴ、一緒に行こうね!」
改めて、ギュッと抱き付かれた。
ちょっと待って、調子狂う。わたし、ライバル宣言したんだよ? なのに、この子の思考回路どうなってるの?
長江先輩が肩をすくめた。
「よかったね~、あっきー。こんな美少女二人に迫られるって、めったにできない体験だと思うよ?」
煥先輩は顔をしかめた。
「興味ねぇよ」
「はい、それ嘘!」
「もう誘導尋問には引っかからねぇぞ」
長江先輩がへらへらと笑う。
「しかしね~、今回の騒動って、元を正せば全部、あっきーがイケメンすぎるせいなんだよね。自覚してる?」
煥先輩がキョトンとした。
「オレ? どうして?」
「どうしてって、あのね~、あっきー。きみ、モテるよね?」
「そんなわけあるかよ」
「あるよ! ファンだっていっぱいいるし、それ以上に本気な子も、何人も知ってるよ」
「嘘だ」
煥先輩はかたくなな顔で横を向いた。頑固。鈍感。無自覚。残酷。
文徳先輩が頬を掻いた。
「煥の詞を見てもらったらわかるけど、こういうのが、煥のノーマルモードだから」
自分が好かれるはずない、自分に価値なんかない、と刻み付けるように強く信じている。その痛々しさを正直に歌う詞はわたしも好きだけれど。
わたしはこぶしを固めた。
「わからせてあげますから、ちゃんと! 煥先輩がどんなにステキな人なのか、煥先輩自身に、わからせてあげます!」
それはまるで宣戦布告。煥先輩が怪訝《けげん》そうな顔をした。その顔、わたしが笑顔に変えてあげる。
さよ子がふくれっ面をした。
「鈴蘭、ずるい! わたしも煥さんのステキなところ知ってる! わたしも教えてあげたいのに」
ああ、それも宣戦布告。やっぱり、さよ子はわたしのライバルだ。
これからは戦いの日々となる。倒すべき相手はみんな一筋縄じゃ行かない。
小夜子に煥先輩を取られたくない。うじうじした自分を変えていきたい。そして、やっぱり最大の難関は、煥先輩。
孤独を歌うあなたも大好きだけれど、愛を歌うあなたを、いつか見てみたい。そのときわたしがあなたの隣にいたい。
好きです、煥先輩。
「さっきの着メロ、瑪都流でしょ! 鈴蘭も瑪都流のファンなの? というか、この学校、瑪都流ファン多い?」
「わりといるんじゃないかな」
噂をすれば影って、たまに本当に実現する。
「ちょっと失礼。鈴蘭さんはいるかな?」
人前で話すことに慣れた、堂々とした声がした。わたしとさよ子を取り囲む人垣が割れる。
文徳先輩がドアのところで片手を挙げた。もう片方の手に煥先輩をつかんでいる。長江先輩も一緒だ。
さよ子がパッと顔を輝かせた。その逆に、煥先輩と長江先輩が顔を引きつらせた。わたしもあんな顔したんだろうな。
「やだもうこれ奇跡!」
「さ、さよ子?」
さよ子が、抱き付いちゃうんじゃないかって勢いで、煥先輩のほうへ飛んでいった。
「瑪都流の煥さんですよねっ?」
「あ、ああ……」
「わたし、瑪都流のファンなんです! 特に煥さんの歌の大ファンです! 平井さよ子といいますっ。高一で、十五歳で、えっと……か、彼氏はいませんっ。一人もいないです、いたことないです!」
ヒュウ、と誰かが口笛を吹いた。
煥先輩が後ずさる。でも、文徳先輩に腕をつかまれて、逃げられない。何も知らない文徳先輩はニヤッとした。
「最近ずいぶんモテるな、煥」
「だ、黙れ、兄貴」
さよ子の勢いが止まらない。キラキラの星とか花とか背負っている。
「駅前でのライヴ、ステキでした! 煥さんの声、一瞬で好きになりました。煥さんの姿にも、一瞬で惹かれました。もう、カッコよすぎます! 大好きです!」
言うだけ言って、ハッとして、真っ赤になったさよ子が逃げ帰ってくる。
「きゃぁぁぁ、勢い余りすぎたよぉぉぉ!」
大事故。盛大すぎる大事故。教室のみんなが聞いていた。
煥先輩が呆然としている。目の前にさよ子が現れただけでもショックがあるのに、一昨日はわたしで今日がさよ子と、立て続けに、派手な噂が立つ事態に陥っちゃって。
長江先輩がわたしを手招きした。
「鈴蘭ちゃん、あれ、何?」
「平井さんの娘さんだそうです」
「はぁぁっ? やってくれるよ、平井のおっちゃんも。さっき突然、電話してきてさ~、鈴蘭ちゃんのクラスにあっきー連れてけ、って言われたわけ」
「長江先輩のところにも電話があったんですね。平井さんのチカラでこの一枝にさよ子の存在を割り込ませた、ってことですよね?」
「たぶんね」
わたしたちだけが知るさよ子の来歴を、書き換えられたこの一枝の上では、さよ子自身も知らない。そういうことなんだと思う。
「鈴蘭~っ!」
追い掛けてきたさよ子に抱き付かれた。煥先輩がさり気なく、可能な限り遠くに離れた。
わたしはさよ子の頭を撫でた。さよ子の耳に口を寄せて、内緒話をする。
「あのね、さよ子。すぐバレると思うから言っておくけど、わたしも煥先輩のこと好きなの」
さよ子がパッと顔を上げる。
「一緒に頑張ろう! 同志がいるって、心強い! 今度のライヴ、一緒に行こうね!」
改めて、ギュッと抱き付かれた。
ちょっと待って、調子狂う。わたし、ライバル宣言したんだよ? なのに、この子の思考回路どうなってるの?
長江先輩が肩をすくめた。
「よかったね~、あっきー。こんな美少女二人に迫られるって、めったにできない体験だと思うよ?」
煥先輩は顔をしかめた。
「興味ねぇよ」
「はい、それ嘘!」
「もう誘導尋問には引っかからねぇぞ」
長江先輩がへらへらと笑う。
「しかしね~、今回の騒動って、元を正せば全部、あっきーがイケメンすぎるせいなんだよね。自覚してる?」
煥先輩がキョトンとした。
「オレ? どうして?」
「どうしてって、あのね~、あっきー。きみ、モテるよね?」
「そんなわけあるかよ」
「あるよ! ファンだっていっぱいいるし、それ以上に本気な子も、何人も知ってるよ」
「嘘だ」
煥先輩はかたくなな顔で横を向いた。頑固。鈍感。無自覚。残酷。
文徳先輩が頬を掻いた。
「煥の詞を見てもらったらわかるけど、こういうのが、煥のノーマルモードだから」
自分が好かれるはずない、自分に価値なんかない、と刻み付けるように強く信じている。その痛々しさを正直に歌う詞はわたしも好きだけれど。
わたしはこぶしを固めた。
「わからせてあげますから、ちゃんと! 煥先輩がどんなにステキな人なのか、煥先輩自身に、わからせてあげます!」
それはまるで宣戦布告。煥先輩が怪訝《けげん》そうな顔をした。その顔、わたしが笑顔に変えてあげる。
さよ子がふくれっ面をした。
「鈴蘭、ずるい! わたしも煥さんのステキなところ知ってる! わたしも教えてあげたいのに」
ああ、それも宣戦布告。やっぱり、さよ子はわたしのライバルだ。
これからは戦いの日々となる。倒すべき相手はみんな一筋縄じゃ行かない。
小夜子に煥先輩を取られたくない。うじうじした自分を変えていきたい。そして、やっぱり最大の難関は、煥先輩。
孤独を歌うあなたも大好きだけれど、愛を歌うあなたを、いつか見てみたい。そのときわたしがあなたの隣にいたい。
好きです、煥先輩。