長江先輩の作戦どおりに、わたしは煥先輩のバイクで家まで送ってもらった。門衛さんが駆け付けるより早く、煥先輩がバイクを駆って離れていく。
「鈴蘭お嬢さま、お帰りなさいませ。今のバイクの男は何者ですか?」
 白虎の伊呂波《いろは》だと、門衛さんに告げる。門衛さんは、免許の件で渋い顔をして、それから、バイク好きな少年みたいに笑った。
「いやぁ、憧れますね」
「バイクに乗ってるときと歌ってるときが、あの人の本当の姿なんだと思う。すごく生き生きしてるんです」
「お嬢さまは、もしかして……」
 わたしはうなずいた。
「あの人のこと、好きなの」
 身分違いの恋を応援する、と門衛さんは意気込んでくれた。
 その言葉に嘘偽りはなくて、翌朝、煥先輩迎えに来たとき、門衛さんはとてもとても温かく見送ってくれた。もちろん母にはまだ内緒だ。
 寧々ちゃんたちと合流して、それはもう盛大に、からかわれた。
「お嬢がバイクで送ってもらうなんて! これからの展開が楽しみすぎる!」
「でも安豊寺、煥先輩のバイクに乗れるとか、マジうらやましいぞ」
「煥が走ってるとこ、すげぇよな。同い年とは思えないよ、ほんと」
 一人だけちょっと離れている煥先輩は、ひたすら、うんざりした顔をだった。赤くなってはいない。予想できていたから? それとも、わたしのこと、本当に全然何とも思っていないから?
 生徒玄関でみんなと別れた。進学科の教室に入ったときに、気付いた。わたしの後ろに空席が一つある。前の席の友達に尋ねてみた。
「ここ、席あったっけ?」
「あ、それ、隣の列にあったよ。ねえ、あんたの後ろだったよね?」
 わたしの隣の席の男子がうなずく。
「ん、おれの後ろにあった。おれさ、いちばん後ろのほうが好きなんだよね。ここの席の人、今日から来るらしい。ってことで、安豊寺の後ろに行ってもらおうかと。ダメ?」
「ダメじゃないけど……」
 既視感。何なの、この話の流れ? 背筋がゾワゾワしてくる。
 ホームルームの時間になって、担任の先生が教室に入ってくる。
 そして。
 小夜子が教室に入ってきた。わたしは思わず、椅子から立ち上がった。ガタッと音がして、注目が集まる。
「どうした、安豊寺?」
 先生に訊かれて、わたしはギシギシと首を左右に振った。椅子に、へたり込む。小夜子はわたしを見ていた。キレイで無邪気そうな笑顔だ。
 前の席の友達がわたしを振り返る。
「鈴蘭、平井さんと友達?」
「平井さん?」
「先生が紹介したばっかでしょ。平井さよ子さん。美少女だよねー。憧れる」
「…………」
 わたしは口をパクパクさせる。言葉がうまく出てこない。
 黒板には「平井さよ子」と書いてある。「玉宮小夜子」ではなくて。それに、小夜子と違って、さよ子は髪が短い。肩に届かないショートボブ。天使の輪っかができるくらい、ツヤツヤでサラサラの髪だ。
「平井さんは細いねー。うらやましい。鈴蘭の巨乳も超うらやましいけどね」
 いらないってば、お肉。
 さよ子がわたしの後ろの席に着いた。話をしたい。真相を確かめたい。でも、ホームルーム中に後ろを向けない。
 ようやくのことで、ホームルームが終わる。わたしが振り返ろうとしたその瞬間、カバンの中でケータイが鳴った。
 着メロは、ダウンロードしたばかりの瑪都流の『ビターナイトメッセージ』だ。バイブに切り替えるのを忘れていた。
 わたしは慌ててケータイを取り出した。電話の相手の名前に驚く。
「ひ、平井さんっ?」
 いつ登録したっけ? いや、絶対に登録していない。平井さん、チカラ使ったでしょ?
 とにもかくにも、わたしは電話に出た。
「もしもし?」
〈ああ、安豊寺鈴蘭さんだね?〉
「はい」
〈突然の電話、すまないね。挨拶をしておきたかったのだよ。今日から娘が同じクラスでお世話になる。仲良くしてやってほしい〉
「む、娘っ?」
〈娘のさよ子が、先日こちらに越してきたんだ。私はいくつか家を持っているんだが、娘は、襄陽学園にいちばん近い家に住むことにしてね。同じ家に下宿中の海牙くんが驚いていたよ〉
「これは、さすがに……いくら海牙さんでも驚きますよ……」
 平井さんは楽しそうに声をたてて笑った。
〈煥くんは月聖珠の預かり手を消し去ったが、彼女の肉体化まで否定したわけじゃない。私が引き受けるのも、一つの案だと思ってね。とにかく、さよ子をよろしく〉
 はい、と返事をしたら電話が切れた。ケータイを畳んで、呆然。頭が真っ白だ。
 わたしは後ろからツンツンつつかれた。振り返ると、さよ子が微笑んでいる。
「あなたが、パパが言ってた人ね! 襄陽の進学科の一年生に知り合いがいるって聞いてたの!」
「え、あ……う、うん」
「初めまして! わたしのことは、さよ子でいいよ。呼び捨てOKです。あなたは、鈴蘭ちゃんだよね? 名前かわいいよねー! 呼び捨てでいい?」
 月聖珠の預かり手は消滅したはず。青獣珠も平然としている。
 うん、大丈夫。目の前にいる女の子は、チカラのない普通の子。無邪気で、ちょっとテンションの高い、ショートボブがキュートな女子高生。
 わたしは一生懸命、笑顔をつくった。
「鈴蘭でいいよ。さよこって響き、いいね」
「古風でしょ? パパの趣味なの。家では着物なんだよ、パパって」
 さよ子がポケットからスマホを取り出した。
「あ、そのストラップ」
「似てるよね! たぶん同じシリーズだと思うの。鈴蘭は三日月で、わたしは満月! 鈴蘭、月のモチーフが好きなの? カバンに付けてるアミュレットも三日月ね」