前に経験したとおりに、時間は流れる。
 ライヴが終わる。亜美先輩と飲み物を買いに行って、緋炎《ひえん》に襲われる。亜美先輩が撃退する。文徳先輩と亜美先輩のやり取りに、わたしはもう傷付かない。
「幼なじみで許嫁《いいなずけ》だなんて、ステキですね。お似合いで、うらやましいです」
 正直なことを言ってみた。文徳先輩は亜美先輩の肩を抱き寄せた。
「うらやましいだろ? 実はけっこう尻に敷かれてるんだけどね」
「こら、文徳、調子に乗るな!」
 パシンと文徳先輩の頭を叩く亜美先輩。
 微笑ましいというか。ごちそうさまです。
 北口広場で、長江先輩と海牙さんと落ち合った。長江先輩は女の子連れじゃなかった。
「これからデートじゃないんですか?」
 皮肉を言ってみたら、長江先輩は肩をすくめた。
「おれ、門限があるんだよね~。今からデートは、ちょっと無理だね」
「門限、守るんですか? 意外です」
「守るよ~。同居の姉貴が厳しくて、頭が上がんないもん」
 海牙さんが、緑色がかった目をクルッとさせた。
「お会いしたことないんですよね。リヒちゃんのおねえさんなら、美人でしょうね」
「美人だよ。胸おっきいし。マジで会わせよっか?」
「ぜひお願いします」
「んじゃ、ぜひ持ってって。けっこう強烈な人だから、覚悟してね?」
 長江先輩と海牙さんの能天気な会話に、煥先輩は呆れたように息をついた。
「平和そうだな」
「まあね~。あっきーのほうは、緋炎対策が大変そうだね。引き続き、頑張ってね」
 長江先輩の提案で、連絡先を交換することになった。スマホ三台と、わたしのケータイ。
 ついでに、煥先輩がメールボックスを開いてみせた。ブルームーンからのメールは、確かに存在しない。
 海牙さんがまた微妙な顔をした。
「とあるブログを教えてもらったんですよ。昨日、平井さんから、こっそり。本人には内緒だって。まあ……明日の夜にでも、教えますね」
 ここまであおられると、すごく気になる。
 長江先輩が突拍子もないことを言い出した。
「あっきーのバイクが見たい! 前、チラッとしか見られなかったからさ~。超でっかいやつだよね? しかも、ちょいレトロな車種だよね? あんなすごいの運転できるって、カッコいい~」
 文徳先輩も話に入ってきた。
「バイクは、親父の趣味だったんだ。いいマシンだぞ。おれのもけっこうデカいんだけど、煥のはモンスターだよな。おれじゃ乗りこなせないんだ」
 文徳先輩に、乗って来いって命令されて、煥先輩はうなずいて夜道を歩き出した。その背中に、文徳先輩が付け加える。
「煥、予備のメットも取って来いよ。鈴蘭さんをバイクで送ってやれ」
 文徳先輩が大声でそんなこと言うから、冷やかしの歓声が飛び交った。煥先輩は走って逃げていく。文徳先輩がニヤニヤして、長江先輩の肩を叩いた。
「こんな感じでいいのか?」
「うん、さすが文徳。打ち合わせ以上の出来栄えじゃん」
 海牙さんが首をかしげる。
「打ち合わせ、ですか?」
「文徳にだけ聞こえる声で、作戦、伝えといたわけ。あっきー&鈴蘭ちゃんのツーショット作戦。おれ、鈴蘭ちゃんを応援するつもりなんだけどさ~、強引にやんなきゃ、あっきーは気付かないでしょ」
「なるほど、納得です。ぼくも人の心の機微には鈍いほうですが、煥くんはさらに鈍いですよね。一部の分野に関しては特に」
「そういうこと。鈴蘭ちゃん、苦労すると思うけど、頑張ってね~」
 わたしはさっきから口をパクパクさせている。声が出せない。
 とどめのおまけに、文徳先輩がスマホの画面をわたしに向けた。
「歌ってる煥を横から撮ったやつ。おれの位置からじゃなきゃ撮れないレアものだよ。こいつ、歌ってるときも顔が崩れないよな。この画像を含めて何枚か、写りがいいのを送ってあげるから、アドレス教えて」
 左側から撮られた、煥先輩の横顔。汗に濡れた銀髪は、掻き上げて後ろに流してあって、少し切なそうな表情が全部見える。
 カッコいい……!
 わたしはあえなくオーバーヒートした。