煥先輩に続いて、バイクを降りた人。ヘルメットを外して上着を脱いで、煥先輩に笑顔でそれらを返す。
「ありがとうございました、煥さん! バイクって、速いんですね! 本当にステキな体験でした!」
はしゃいだ声。キラキラ輝く目。
「何で、小夜子が煥先輩のバイクに……」
煥先輩の背中にくっついて風になる体験をしたのはわたしだけだと、心を躍らせていたのに。
ヘルメットや上着をしまい込んだ煥先輩は、わたしたちに合流した。当然のように、小夜子も一緒だ。
小夜子は、淡く透けるような素材の青白いワンピースを着ている。ほっそりしたスタイルに、よく似合っていた。
長江先輩が小夜子に目を向けた。
「これまた美少女だね~。あっきーってば、ナンパでもしてきたの?」
長江先輩は軽い口調を装っているけれど、目が笑っていない。朱い光を宿す両眼は小夜子を鋭く観察している。
煥先輩は淡々と説明した。
「襄陽の進学科の一年だ。埠頭でフラフラしてた。家がこの近所らしいから拾ってきた」
海牙さんが首をかしげた。
「こんな時間帯に、なぜ埠頭に? 港の一帯の倉庫群は、よくない噂がありますよ。きみは、なぜそんな場所にいたんです?」
小夜子は黙って微笑んだ。ミステリアスな笑顔がわたしたちを見渡す。
ドクン、とポーチの中で青獣珠が脈打った。まるで危険を察知したかのように。わたしに注意を促すかのように。
煥先輩が、長江先輩が、海牙さんが、自分のふところのあたりに目を落とす。ツルギの柄を収めた場所だ。みんな同じ何かを察知したんだ。危機感に似た何かを。
長江先輩が両目を強く輝かせた。
【おれら、内緒話があるんだよね。進学科一年の美少女ちゃん。きみは帰ってもらえるかな?】
長江先輩の号令《コマンド》が発動した。服従を強いるマインドコントロールだ。
けれど。
「お断りするわ、朱雀。あなた程度のチカラでは分不相応よ。月の明るい夜に、わたしを服従させようだなんて」
長江先輩が目を見張る。海牙さんが笑みを消す。煥先輩が小夜子から跳び離れた。
平井さんが小夜子に問いかけた。
「実体を持つのは約千二百年ぶりかな、月の姫君?」
小夜子は長い髪を払った。風が止んでいる。でも、小夜子の髪はふわりと宙にそよぐ。
「邪魔をしないでね、大地の主。こんなに胸が熱いのは初めてなの。これが恋なのね。永遠の時間の流れの中で、初めて知った感情よ」
「私は邪魔などしないよ。できないのだ。私が禁忌を犯せば、大地聖珠が滅ぶのだから」
「ならば安心ね。わたしは止まらない。動き出した願いはもう止められないのよ」
その言葉の響きに、強烈な既視感がある。わたしは彼女を知っている。
同化しそうなほど、よく似た願いをいだいた。だから、お互いの感情とチカラが干渉し合った。わたしは彼女の願いを聞いたことがある。
「小夜子、あなたは……」
「気安く呼ばないで」
小夜子が正面からわたしを見た。微笑みはない。ゾッとするほど美しい顔立ち。漆黒の目に銀色の光が宿っている。
ふわりと、小夜子の体が地面から浮き上がる。
小夜子が両手を空に掲げた。星空を支配する満月の光を浴びながら、小夜子は歌うようにわたしを嘲った。
「チカラを持つ身でありながら非力なのね、青龍。おまじないに、お守り。夜空を見上げて、願いごと。チカラを込めた願いなんて、久方ぶりに聞いたわ。だから、わたしが目覚めたの」
「わたしが、願ったから?」
「そうよ、青龍の願いが聞こえた。でも、何なの? 恋が叶いますように? 笑わせないで。自分で努力もせずに、恋に恋して浮かれてるだけ。まあ、わからないでもなかったわ。生身の体で恋をするのは、ワクワクするものなのよね」
小夜子の両手の間に、輝きが生じる。長い長い、背丈ほどに長い、一振りのツルギだ。月の光を具現化したような刃が、金とも銀ともつかない色にきらめいている。
圧倒的なチカラが、小夜子から立ち上っている。暴風みたいな波動が吹き付けてくる。
小夜子はツルギの柄を両手で握った。その体もツルギも低い宙に浮いて、まるで羽根のように、重さを感じさせない。
煥先輩はいつの間にか、純白の刃を備えた短剣を手にしていた。
「あんたは何者なんだ?」
小夜子が、とろけそうな笑顔を煥先輩に向けた。
「わたしはあなたに恋をしているだけ」
「何を言ってんだ」
「ブルームーンより、願いを込めて。歌うあなたに、幸運な未来を」
煥先輩は切れ長な目を見開いた。
小夜子がわたしに向き直った。その顔に、もう微笑みはない。わたしは刃のきらめきを見た。切っ先がわたしを狙った。
何が起こるのかわかっていた。なのに動けなかった。たぶん全員が同じ状態だった。
ツルギを構えた小夜子が、宙を滑る。わたしのほうへ突っ込んでくる。
「青龍、あなたが嫌い」
小夜子の声がハッキリと耳に届いた。次の瞬間、わたしはツルギに胸を貫かれた。
痛みを感じるより先に、時間と空間が消滅した。
消滅の間際に知った。わたしは違反者じゃない。わたしは青獣珠に願っていない。
違反者は、小夜子。月という宝珠の預かり手。その小夜子が願った。
【何でも差し出すから、どうか、この恋を叶えて】
座標
F(嫦娥公園内,4月17日21:48,安豊寺鈴蘭)
↓
E(嫦娥公園内,4月17日19:49,伊呂波煥)
「ありがとうございました、煥さん! バイクって、速いんですね! 本当にステキな体験でした!」
はしゃいだ声。キラキラ輝く目。
「何で、小夜子が煥先輩のバイクに……」
煥先輩の背中にくっついて風になる体験をしたのはわたしだけだと、心を躍らせていたのに。
ヘルメットや上着をしまい込んだ煥先輩は、わたしたちに合流した。当然のように、小夜子も一緒だ。
小夜子は、淡く透けるような素材の青白いワンピースを着ている。ほっそりしたスタイルに、よく似合っていた。
長江先輩が小夜子に目を向けた。
「これまた美少女だね~。あっきーってば、ナンパでもしてきたの?」
長江先輩は軽い口調を装っているけれど、目が笑っていない。朱い光を宿す両眼は小夜子を鋭く観察している。
煥先輩は淡々と説明した。
「襄陽の進学科の一年だ。埠頭でフラフラしてた。家がこの近所らしいから拾ってきた」
海牙さんが首をかしげた。
「こんな時間帯に、なぜ埠頭に? 港の一帯の倉庫群は、よくない噂がありますよ。きみは、なぜそんな場所にいたんです?」
小夜子は黙って微笑んだ。ミステリアスな笑顔がわたしたちを見渡す。
ドクン、とポーチの中で青獣珠が脈打った。まるで危険を察知したかのように。わたしに注意を促すかのように。
煥先輩が、長江先輩が、海牙さんが、自分のふところのあたりに目を落とす。ツルギの柄を収めた場所だ。みんな同じ何かを察知したんだ。危機感に似た何かを。
長江先輩が両目を強く輝かせた。
【おれら、内緒話があるんだよね。進学科一年の美少女ちゃん。きみは帰ってもらえるかな?】
長江先輩の号令《コマンド》が発動した。服従を強いるマインドコントロールだ。
けれど。
「お断りするわ、朱雀。あなた程度のチカラでは分不相応よ。月の明るい夜に、わたしを服従させようだなんて」
長江先輩が目を見張る。海牙さんが笑みを消す。煥先輩が小夜子から跳び離れた。
平井さんが小夜子に問いかけた。
「実体を持つのは約千二百年ぶりかな、月の姫君?」
小夜子は長い髪を払った。風が止んでいる。でも、小夜子の髪はふわりと宙にそよぐ。
「邪魔をしないでね、大地の主。こんなに胸が熱いのは初めてなの。これが恋なのね。永遠の時間の流れの中で、初めて知った感情よ」
「私は邪魔などしないよ。できないのだ。私が禁忌を犯せば、大地聖珠が滅ぶのだから」
「ならば安心ね。わたしは止まらない。動き出した願いはもう止められないのよ」
その言葉の響きに、強烈な既視感がある。わたしは彼女を知っている。
同化しそうなほど、よく似た願いをいだいた。だから、お互いの感情とチカラが干渉し合った。わたしは彼女の願いを聞いたことがある。
「小夜子、あなたは……」
「気安く呼ばないで」
小夜子が正面からわたしを見た。微笑みはない。ゾッとするほど美しい顔立ち。漆黒の目に銀色の光が宿っている。
ふわりと、小夜子の体が地面から浮き上がる。
小夜子が両手を空に掲げた。星空を支配する満月の光を浴びながら、小夜子は歌うようにわたしを嘲った。
「チカラを持つ身でありながら非力なのね、青龍。おまじないに、お守り。夜空を見上げて、願いごと。チカラを込めた願いなんて、久方ぶりに聞いたわ。だから、わたしが目覚めたの」
「わたしが、願ったから?」
「そうよ、青龍の願いが聞こえた。でも、何なの? 恋が叶いますように? 笑わせないで。自分で努力もせずに、恋に恋して浮かれてるだけ。まあ、わからないでもなかったわ。生身の体で恋をするのは、ワクワクするものなのよね」
小夜子の両手の間に、輝きが生じる。長い長い、背丈ほどに長い、一振りのツルギだ。月の光を具現化したような刃が、金とも銀ともつかない色にきらめいている。
圧倒的なチカラが、小夜子から立ち上っている。暴風みたいな波動が吹き付けてくる。
小夜子はツルギの柄を両手で握った。その体もツルギも低い宙に浮いて、まるで羽根のように、重さを感じさせない。
煥先輩はいつの間にか、純白の刃を備えた短剣を手にしていた。
「あんたは何者なんだ?」
小夜子が、とろけそうな笑顔を煥先輩に向けた。
「わたしはあなたに恋をしているだけ」
「何を言ってんだ」
「ブルームーンより、願いを込めて。歌うあなたに、幸運な未来を」
煥先輩は切れ長な目を見開いた。
小夜子がわたしに向き直った。その顔に、もう微笑みはない。わたしは刃のきらめきを見た。切っ先がわたしを狙った。
何が起こるのかわかっていた。なのに動けなかった。たぶん全員が同じ状態だった。
ツルギを構えた小夜子が、宙を滑る。わたしのほうへ突っ込んでくる。
「青龍、あなたが嫌い」
小夜子の声がハッキリと耳に届いた。次の瞬間、わたしはツルギに胸を貫かれた。
痛みを感じるより先に、時間と空間が消滅した。
消滅の間際に知った。わたしは違反者じゃない。わたしは青獣珠に願っていない。
違反者は、小夜子。月という宝珠の預かり手。その小夜子が願った。
【何でも差し出すから、どうか、この恋を叶えて】
座標
F(嫦娥公園内,4月17日21:48,安豊寺鈴蘭)
↓
E(嫦娥公園内,4月17日19:49,伊呂波煥)