嫦娥公園の出入口にバイクがあった。
「わぁ、大きい!」
「原付にでも乗ってくると思ったのか?」
「そうじゃないです。うちの門衛さんの一人がバイク好きで、いつも大型バイクで通勤してくるんですけど、彼のバイクが標準サイズだと思ってました。六〇〇cc、だったかな?」
 ccというのは、排気量のこと。エンジンのパワーを示す数字らしい。
 煥先輩のバイクは、六〇〇ccとは全然、迫力が違う。想像していたのより二回りは大きい。全体が黒で、ところどころがシルバーだ。
「四〇〇cc以上が大型だ。八〇〇は小回りとパワーのバランスがよくて扱いやすい。こいつは一千《リッター》超えだ。ここまでデカいのはめったにない。まあ、オレの趣味じゃなくて、死んだ親父が乗ってたバイクだけどな」
 煥先輩はフルフェイスヘルメットをかぶった。座席の下から、もう一つ、顔までは覆わないタイプのヘルメットを取り出して、わたしに渡した。
 わたしはヘルメットを頭に載せた。あご紐を留めようとして、もたもたする。
「じっとしてろ」
 煥先輩の手が伸びてきて、わたしは息を止めた。
 パチンと音がして、あご紐のキャッチが留まる。煥先輩の指先が、触れそうで触れなかった。
「あ、ありがとうございます」
「こいつも着てろ」
 投げ渡されたのは、黒いウィンドブレイカーの上着だ。手に取った途端、ふわっと匂いがした。あったかいような、くすぐったいような匂いだった。
「こ、この上着は?」
「オレの」
「えっ、あ、あの……」
「オレの服なんかじゃイヤだろうが、とりあえず着てろ。バイク、寒いんだよ。制服のままってのもヤバいし」
 イヤなはずない。胸がドキドキする。
 上着にそでを通して前を閉める。ふわっと、あの匂いに包まれる。甘い匂いではないのに、甘い。
 思いっ切りブカブカだった。そでは指先まで隠れるし、すそはスカートみたいな長さになる。
 煥先輩、大きいんだな。
 チラッと煥先輩を見上げると、フルフェイスヘルメットがそっぽを向いた。手早く発進の準備をして、長い脚でバイクにまたがる。
「後ろに乗れ」
「は、はい」
 返事はしたけれど、わたしは背が低い。バイクの車高に苦労して、よじ登る。
 目の前に、黒いジャケットの背中。使い込まれたものみたいで、ジャケットの本革の表面に小さな傷がいくつもある。
「オレの腰につかまれ」
「えっ?」
「振り落とされたいか?」
「イヤです。でも、煥先輩……」
 体に触れられるの、苦手でしょう?
「いいから、つかまってろ。荒い運転はしねぇつもりだ。ただ、このマシンのパワー自体がハンパじゃない。気を付けてろよ」
「……はい」
 わたしは煥先輩の腰に腕を回した。一瞬だけ、煥先輩が体をこわばらせた。
「最初からこうすりゃよかった」
「え?」
「バイクなら、間が持たないなんてこともない」
 それはどういう意味かと訊くより先に、バイクが動き出した。